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=ハンブルグ= 7日目。

みなさんにもきっと身に覚えがあると思うんですけど、一生のうちに、
何度かありますよね、本当に永遠に来てほしくない朝って。

その、最後の朝がきてしまいました。
前の晩、ほんのちょっと瞬きをしただけなのに。



今日も快晴。さえこおばちゃんのベランダから中庭を撮りました。

顔を洗って歯磨きしながらも、もう泣きそうなマユりん。

今日もおいしい朝ごパンのならぶ優雅なテーブルで、ひとことでも話せば
泣いてしまいそうな感じ。そこにきてかずおじちゃんもまた「また絶対に遊びに
くるんだぞ〜」と何度も言って泣かせようと・・・はしていないだろうけど、もうやめて〜
状態でゴハンを食べました。まことも「帰りたくないな〜」とつぶやいたりして。。。

ひたすら黙ってモグモグと食べました。

KIKIがお迎えにきてくれることになっていたので、それまで最後のパッキング。

そして、



ニャンコたちに「さようなら、またね」



かずおじちゃんちのおばあちゃんにも「さようなら、またね」。

KIKIのお迎えが来て、車に乗り込み、ゾニアと「元気でね」「日本で会おうね」
などと話していると、あっという間に空港に到着。

KIKIが「混んでくる前に早めにチェックインしたほうがいいよ」というので、
「だって、チェックインしたらもう会えないじゃない?」と言ったら「うん・・でも」と。。

なんせ人数の多い今回の旅メンバー。そうだよね、チェックインにも時間がかかるしね。

さえこおばちゃんが、「最後にファミリアだけで写真を撮りましょう」撮りました、

もう泣いてる私。

※一番右側の人は親戚ではありませんが、ハンブルグ在住のとっても重要な一人です。
かずおじちゃんが近くにいなかったので「入って」といって入ってもらいました。
※左側の赤いシャツの人は、「よしおじちゃん」といって、父の弟です。



ついに全員のチェックインが終わり、本当のお別れの時間に。

その時!ノアムがトコトコと足元に来て「まゆこ?」と言いました。ノアムの目が真っ赤。
「ノアム、どうしたの?」と聞いたら、「チュース」といってハグしてくれました。

※チュースは、ドイツ語で「またね!」の意味です。英語の「See you!」ような感じ。

そんなノアムを見て私もゾニアも涙が止まらなくなり、ゾニアも「まゆこ、必ずまた
ハンブルグに来なくちゃダメよ、絶対よ!」と言いながら泣いていました。

私もノアムをぎゅーーっと抱きしめて、またすぐに日本で会おうねといってお別れしました。
ノアムはそのあと大泣きしてしまい、KIKIに抱かれてゲートインする私たちを
低い壁の向こうで見送ってくれました。

壁の向こうに、みっちゃんやKIKIやゾニア、かずおじちゃん、さえこおばちゃん、それから
お見送りに来てくれたカネマキコアの面々がいっせいに並び、
ひとりひとりと抱き合ってお別れのハグをしました。

もう何にも言えないくらい泣いてしまっていた私は、「元気でね!」「また来てね!」
「メールするね!」「写真送るね!」「ジョリちゃんによろしく!」「風たんによろしくね!」
などの言葉にただただ、うん、うんとしか言えず、本当にありがとう、何もかもありがとう、
と最後に小さな声で言えただけでした。

ゲートに入り、みんなの姿が見えなくなり、それから30分ほど涙が止まらず、
風のみなさんや、父や母が慰めてくれました。飛行機に乗ってから早くも写真を現像した
風の方が「これ、まゆちゃんにあげるわ」といって昨日リューベックのレストランで撮った
家族全員の写真を一枚くれました。それを見てまた泣く私。

2時間のフライトを経て、ヘルシンキについた頃ようやく私の涙が止まってくれたのでした。

終わってしまった、私のハンブルグの旅。
ぽっかり、と、心に穴の開いたような状態で成田までの長いフライトに耐え、
翌朝の8時50分、帰国したのでした。

さて、成田からはまたバス。
湘南方面のバスに乗るのは当然私だけなので、チケットを買ってみなさんにも
さようならを言いい、バスに乗り込み席へ座って出発を待っていると、そこへ父が。

「どうしたの?」と聞くと「ハンブルグではあまり一緒にいられなくてごめんね」
と言うのでビックリして、「それを言いにきたの?」と聞くと、「うん」としょんぼり答えました。
そして、「一緒に旅行ができてよかったよ。ありがとうね」と言いました。

76歳の父。声が大きく食欲も酒欲も旺盛で、とってもとっても元気ではあるけれど、
「一緒に、海外を旅行するのはこれが最初で最後だと思う」ということを
旅行前から言ってました。最後になって本当に実感したのかもしれません。

私も、そうかもしれない、とちょっと思っていました。こちらこそ誘ってくれてありがとう。

最後になるかもしれない旅行がハンブルグでよかった。家族全員一緒に、
おばあちゃんをつれてハンブルグに行けてよかった。本当にそう思いました。

私も「ありがとう」と言って、父がバスから降りていきました。
一生の思い出だね。お父さんとハグ、すればよかったかな。

さて、こうして私のハンブルグの旅は終わりました。
ぽっかりあいた心の穴はその後しばらく埋まることがありませんでした。
帰国後、1ヶ月以上、このレポを書き始めることができなかったくらいでした。

帰国後すぐに、KIKIの一家が日本を旅しにやってきました。
ノアムとジブリの森へ行ったり、ゾニアとショッピングしたりしたりできたので、
その頃からだんだんと気持ちが落ち着いてきました。

こんなに、帰国後も興奮していたのはやっぱり血のつながった親戚や、
父や母やまこととの深くて濃いハンブルグでの日々が、よっぽど私にとって
無意識のうちに必要としていたことだったからではないかと、思いました。

私はずっと日本にいて、みっちゃんや衆ちゃんたちが来日する度に出迎えて、
見送ってということを何年かに一度繰り返していたけれど、やっぱりもっと早く
私からも行っておかなくてはならなかった気がしました。でも、このタイミングで
さえも、行けたことに意味があったと思っています。

KIKI、ゾニア、のぶちゃん、みっちゃん、衆ちゃんとの交流は今でもメールで
続いていて、訪独の前よりも深まりました。

来年1月におばあちゃんの一周忌があるので、かずおじちゃんとさえこおばちゃん、
そしてみっちゃんと衆ちゃんが来日します。すぐに会える!

さようならハンブルグ。ありがとう!!おばあちゃんをよろしくね!


author: category:ハンブルグ
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