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かわいいノアムと日本誤。

ドイツ、ハンブルグの従兄弟のKIKIの奥さん、ゾニアからカードがきました。

私がおととしハンブルグから帰国し、その後ゾニアとKIKIが
ノアムを連れて日本にきて帰った後もゾニアとは
メールでやり取りを続いています。

年末にゾニアから来たメールに息子ノアムの写真を真由子に送るわ!
と書いてあったのですが、律儀に郵送してくれました。

あけてびっくり。



達筆!
英語がわかるわからない以前に、文字を読み取れない箇所多数。

母も一緒に見て、うーむうーむと唸りながらなんとか解読。

あれからノアムは日に日に成長し、今はプレスクール(小学校に入るまえの
学校のようなところ)に行っています。
真由子のことは今でもはっきりと覚えていて、私とKIKIの会話に真由子が出てくると
必ず真由子との思い出話をします。。。
来年(今年)夏ごろまた日本に行くかもしれません。でもその前に真由子がドイツに来る?

などなどが書いてあります。

添えられていた3枚の写真には6歳になったノアム。会いたいなー。

このカードの郵送先は、自由が丘にある親戚宅。
その親戚から母がカードを受け取って、私に渡してくれたのですが、
カードには以下の添付メモが。



KIKIの字で、
「まゆこさんのじゅしょがないのでおくってくりますか?
ありがとうございいます。」 だって!

くりますか?だって!!!

これぞ私の大好きなキュートな日本誤!

うーん。今すぐ会いたい!

※きっと私の英語もこういうレベルなんだろうなー。

PS:風ちゃんはお誕生日を前にプレゼントをリクエストしている様子です。

author: category:ハンブルグ
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=ハンブルグ= まとめ。

ハンブルグ二日目の朝、わたしがいつもしているピアスのキャッチが片一方
行方不明になりました。

日本にいたら別のピアスからキャッチをはずして代替するのですが、
それがないので、滞在中にどこか街中でピアスを買おうと思っていました。

でも滞在中はすっかりそんなこと忘れ、寝るときに「あ、今日も買い忘れた」と
思い出す日々でした。キャッチのないピアスはそれでも毎日私の耳についたまま
はずれることなく、観光したり酔っ払ったり、クラブへ行ったりしていました。

帰国前夜。かずおじちゃん宅のベッドルームで買ったものなどをまとめてパッキング
するためにスーツケースをいったん空っぽにしたとき、すみっこにキラっと光る
キャッチを発見しました。こんなところにあったんだ〜きっと初日の夜、着替えるときに
服と一緒にはずれ、ここに落ちたんだね〜と思いました。

そんな小さなことさえも、今でも忘れることができないハンブルグでの日々。

帰国後は、ハンブルグ滞在中には体感することのなかった時差ぼけにひどく
悩まされ、辛い毎日でした。仕事を終えて帰宅後はゴハンもいらない状態で
早めにベッドに入っても、夜中の1時になるとパチっと目が覚め、朝方の5時まで
眠れない毎日。お休みが来たら何が起こっても寝続けようと心に決めても、
夜中の1時〜朝の5時までギンギンに目が覚めた状態で ベッドにいるのは
結構厳しく。そんなとき私が心の支えにしたのは、やっぱりハンブルグで撮った
膨大な写真の数々でした。

何度見てもなぜだかしんみりと泣けてしまい、困りました。

風たんとジョリちゃんとの生活が一番ダイジなはずなのに、どうしてこんなに
ハンブルグが恋しいんだろう。とちょっと悩んだくらいです。

血のつながり、そして遠く離れた従兄弟たちと、こんなふうに長く、強く、深く
日々を一緒に過ごしたことが、今までにない強烈な縁を感じさせたのだと
思います。本当に行ってよかった。もっと早く行くべきだった、と思うのだから
これからもチャンスがあったらもっと頻繁に行かなくては!と思います。

ハンブルグで思ったことはたくさんありますが、あえてこの日記に書くとすると、
国が違っても、人は同じということです。

日本でもハンブルグでも、女性はやっぱり髪形やその日の服に悩み、
職場のちょっとイジの悪い同僚に悩み、家庭の中での出来事に
悩みながら日々暮らしていました。

男性はちょっと薄くなってしまった頭髪のことや、ぷくっとでてきてしまった
おなかのことなどをとても気にしています。持病を気にしながらビールを少し
控えめにしたり、妻の目を盗んで日本酒をチビチビっとすするドイツ人のおじさんも
いました。

ビール会社でのパーティでは、会場にいるすべての日本人たちが壇上に
呼ばれ、今回日本から来た、そしてドイツに在住している日本人の
すべての人たちの名前が呼ばれ、記念品の贈呈がありました。

記念品を受け取った100人近い日本人みんなが、
ひとりずつ短いスピーチをする必要があり、多くの人が世界の平和を訴えました。

私も英語で、檀下にいる日本人以外の人たちに向けて短くスピーチしました。

「すべてのいとおしい人間たち。
私もこの世界から戦争がなくなることを心から祈ります。
ドイツと日本がもし戦争なんか始めてしまったら、
会うことが物理的に困難になってしまいます。
こうして一緒にビールを飲むことができなくなります。
世界の平和を、地球上にいる一人一人が同じくらい祈れば、
そして、一人一人が身の回りの大切な人たちを大切にすることができれば、
戦争はなくなるはずです。今ある日常を大切にしましょう。
今日はありがとうございました」

すべての人のスピーチをかずおじちゃんがドイツ語に訳し、その後日本語にも訳し、
会場のみんなで平和を祈り、一緒に過ごせることをお祝いするという素晴らしい
夜でした。おばあちゃんが今年亡くなったことをかずおじちゃんが話すと、
会場からはすすり泣きの声が聞こえ、多くのドイツ人の人たちが泣いていました。

その中でひとり、全身ピンクのドレスを着たドイツ人のおばさんが、
もう顔をクシャクシャにして泣きじゃくっているのを見て、
私も涙が止まりませんでした。

パーティーのお開き前に、彼女にお礼を言いに行きました。

「私のおばあちゃんのために泣いてくれてありがとう、私は孫です」
「あなたはマユコね」
「そうです」
「私はあなたのおばあちゃんに会った事があるのよ、日本で」
「そうなの?」
「おばあちゃんは身体は小さかったけれど、愛に満ちた素晴らしい人だったわ」
「そう、小さい身体でとっても大きな人だったの」
「おばあちゃんが亡くなってとても残念に思うわ」
「私もです。だけど、今でもここに(心に)生きているよ」
「私の心にも生きているわ」

こんな会話をしながらも、彼女は泣き続け私を抱きしめてくれるのでした。
派手なおばさんだったけれど、ずごくいい人だった。

ハンブルグ空港でお別れのとき、カネマキコアのメンバーの一人「フーベルト」は
私たち一人一人にお別れの記念品をくれました。何度も何度も会ったことのある
フーベルトですが、今回は泣いていました。フーベルトも高齢になって、
これからなかなか日本に会いに行くのは難しくなるだろうと言っていました。

フーベルトはドイツ人らしくふとっちょな赤ら顔のおじさんで、日本人から
絶大な人気を誇るひとりです。プレゼントを配りながら人目もはばからず、
オイオイと泣くフーベルト。この人もとってもいい人なんです。

到着の夜、ホテルの横のレストランのテーブルに置いたおばあちゃんの写真を見て
泣いていた「ウラ」は、やはりお別れの日の空港で目にいっぱい涙をためて、
おばあちゃんのために祈るわと言ってくれました。私がおばあちゃんはもう
苦しみもないし痛みもないし、今は天国でとっても幸せなんだよとウラに
説明していたら、マユコがそう思えるならそうに決まっているといって、小さな
包みを私にくれました。後であけてみたらそれは写真立てでした。

中に、ウラがおばあちゃんと過去に日本で撮った写真が入っているものでした。
ポケットサイズの小さなその写真立てには、ウラのおばあちゃんに対する
愛情がたっぷり詰まっていました。ウラも小さいけれど大きい人なのです。

帰国後、10月になって風のメンバーの一人から、一枚のDVDが送られてきました。
それはハンブルグでの日々を撮影したいろんな人のカメラの動画を集めて
ナレーションを入れて編集したものでした。

あの懐かしい日々がよみがえってきて、見ながらまた泣いてしまう私でした。
動画編集ソフトの仕事をしているわたしにとってそれは、どんなに大変な
作業かよくわかるだけに、編集もさることながら、DVDを仕上げて
訪独メンバー全員に送付する作業もさぞかし大変だったと思いました。

これは情熱と執念と、勢いがないとできない作業なんです。
彼にとってもやはり、今回の訪独がどれだけ素晴らしいものだったのか、
私にはよくわかりました。みんな特別な感情を抱いているんだな〜と思います。

その後、つい最近になって今度は静止画を集めたスライドショーのDVDも
送られてきました。12月になってもまだ、彼の中で強烈な思い出なんですね。

いい人だった、ほんとうに、みんながみんな。今回の度は、愛情と思いやりと、
強い絆で結ばれたと思います、すべての人にとって。本当によかった。

さて、食べ物面で振り返ると、今回私はこれといってドイツ料理を堪能して
いないことに気がつきました。リューベックのランチだけが唯一ドイツ料理と
いえるかも知れません。

また、毎日「ランチ」をしていないことにも後々気がつきました。びっくり。

朝はさえこおばちゃんの朝ごパンでおなかいっぱいにし、
お昼前後に林さんと待ち合わせ、なんだかんだお昼ご飯を食べない日が
ほとんど毎日でした。時差ぼけは通常とてもおなかがすく現象になるのですが、
なぜか全然平気だった。クラブに行った夜なんか、夜ゴハンも食べてない。

「旅は食」の私にとって珍しいことです。

「買う」については、やっぱり日本てなんでもあるんだな〜と実感させられる
ことが多かったです。例えば、ボールペンひとつとっても、日本にある量、種類
と比べたら、あちらは数種類のものがどのお店に行っても同じラインナップであり、
ノート然り、ペットグッズ然り、洋服もそうでした。

そうなるとお土産に困り、日本では手に入らないインスタントスープの素や、
スパイス、歯磨き粉などがお土産として適当な珍しいものになりがちでした。

物価は日本とほぼ同じ。安いなと思ったのはやっぱりビールでした。
グラスはほぼどこのお店にも「大」と「小」があるので、お昼には小とか、
夜は大などと選べます。あと、基本的に大ビンはないので、小瓶程度の
ビールが売ってますが、ビンのまま飲むことはほぼありません(クラブは例外)。

それから、意外だったのは窓。
冬は氷点下が日常の国なのに、二重窓は私の知る限り皆無でした。
そのかわり、部屋のいたるところに暖房がいきわたり、家の中はトイレまで
暖かくなるし、アパートの廊下でさえもポカポカだそうです。
※これはカナダもそうだった。でも天窓は二重窓だったんです。

そして外に洗濯物を干す習慣がないからなのか、どの家もベランダは
美しくお花などで飾られ、春夏などはとっても気持ちいいだろうな〜と
思う仕様になっていました。これは羨ましい。

しかし奥行きは狭く、集合住宅が非常に多いので密接している印象は
どうしても拭い去れません。まあでも全体的に緑は豊富でした。

それから、もっと羨ましいのは駐車スペースがいたるところにあるということ。
道路の歩道と車道の間には、車を停めていいのです。そして無料。
一軒家以外に住む人は、そこがマイカーの駐車スペースになります。
ただ、早い者勝ちというシステム。子供を迎えに行っている間に停めるスペースを
奪われ、数ブロック先まで行ってやっと停められたというケースは日常的だそうです。
翌日どこに停めたか忘れてしまうこともしばしばとか。

しかしそれが法律で認められているわけだから、いいシステムだと思いました。

それから、最初のほうにも書いたと思うのですが、犬を電車に乗せて
職場に連れて行っていいというのも私にとってはものすごく羨ましい。
毎日風たんを12時間もひとりでお留守番させてる我が家では、淋しくないか、
寒くはないか、暴れてないか、何か壊されたりしてないか、いけないものを
飲み込んでいないかなど、常に心配と不安が付きまとっているわけで、
連れて行っていいなら、それらすべてが解消されるでしょう。

到着の日、空港からホテルまで乗った電車の中にドーベルマンを二匹連れて
乗っている男性を見て、あからさまに「ドイツではいいんですか?」と聞きに行ったら、
逆に「日本ではダメなのか?」ときかれ、悲しく頷くマユりんでした。

ああああああ〜いいなぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!

もちろん各犬たちもしっかりと躾されているので成り立っているもの。
風たんは、ダメですね〜外に出ると言うこと聞かなくなるんだから。

まとめにきりがなくなってきました。また思い出したら書きます。

さて、マユりんのハンブルグレポ、ついに完了です。
今年中に終わってよかった。かなり身内話ばっかりでしたが、
少しでも楽しんでもらえたらなによりです。

長い間お付き合いくださいましてありがとうございました。

次回からは、いつもどおり日常の「おいしい」とこだけお送りしますね♪
それでは、チュース!



author: category:ハンブルグ
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=ハンブルグ= 7日目。

みなさんにもきっと身に覚えがあると思うんですけど、一生のうちに、
何度かありますよね、本当に永遠に来てほしくない朝って。

その、最後の朝がきてしまいました。
前の晩、ほんのちょっと瞬きをしただけなのに。



今日も快晴。さえこおばちゃんのベランダから中庭を撮りました。

顔を洗って歯磨きしながらも、もう泣きそうなマユりん。

今日もおいしい朝ごパンのならぶ優雅なテーブルで、ひとことでも話せば
泣いてしまいそうな感じ。そこにきてかずおじちゃんもまた「また絶対に遊びに
くるんだぞ〜」と何度も言って泣かせようと・・・はしていないだろうけど、もうやめて〜
状態でゴハンを食べました。まことも「帰りたくないな〜」とつぶやいたりして。。。

ひたすら黙ってモグモグと食べました。

KIKIがお迎えにきてくれることになっていたので、それまで最後のパッキング。

そして、



ニャンコたちに「さようなら、またね」



かずおじちゃんちのおばあちゃんにも「さようなら、またね」。

KIKIのお迎えが来て、車に乗り込み、ゾニアと「元気でね」「日本で会おうね」
などと話していると、あっという間に空港に到着。

KIKIが「混んでくる前に早めにチェックインしたほうがいいよ」というので、
「だって、チェックインしたらもう会えないじゃない?」と言ったら「うん・・でも」と。。

なんせ人数の多い今回の旅メンバー。そうだよね、チェックインにも時間がかかるしね。

さえこおばちゃんが、「最後にファミリアだけで写真を撮りましょう」撮りました、

もう泣いてる私。

※一番右側の人は親戚ではありませんが、ハンブルグ在住のとっても重要な一人です。
かずおじちゃんが近くにいなかったので「入って」といって入ってもらいました。
※左側の赤いシャツの人は、「よしおじちゃん」といって、父の弟です。



ついに全員のチェックインが終わり、本当のお別れの時間に。

その時!ノアムがトコトコと足元に来て「まゆこ?」と言いました。ノアムの目が真っ赤。
「ノアム、どうしたの?」と聞いたら、「チュース」といってハグしてくれました。

※チュースは、ドイツ語で「またね!」の意味です。英語の「See you!」ような感じ。

そんなノアムを見て私もゾニアも涙が止まらなくなり、ゾニアも「まゆこ、必ずまた
ハンブルグに来なくちゃダメよ、絶対よ!」と言いながら泣いていました。

私もノアムをぎゅーーっと抱きしめて、またすぐに日本で会おうねといってお別れしました。
ノアムはそのあと大泣きしてしまい、KIKIに抱かれてゲートインする私たちを
低い壁の向こうで見送ってくれました。

壁の向こうに、みっちゃんやKIKIやゾニア、かずおじちゃん、さえこおばちゃん、それから
お見送りに来てくれたカネマキコアの面々がいっせいに並び、
ひとりひとりと抱き合ってお別れのハグをしました。

もう何にも言えないくらい泣いてしまっていた私は、「元気でね!」「また来てね!」
「メールするね!」「写真送るね!」「ジョリちゃんによろしく!」「風たんによろしくね!」
などの言葉にただただ、うん、うんとしか言えず、本当にありがとう、何もかもありがとう、
と最後に小さな声で言えただけでした。

ゲートに入り、みんなの姿が見えなくなり、それから30分ほど涙が止まらず、
風のみなさんや、父や母が慰めてくれました。飛行機に乗ってから早くも写真を現像した
風の方が「これ、まゆちゃんにあげるわ」といって昨日リューベックのレストランで撮った
家族全員の写真を一枚くれました。それを見てまた泣く私。

2時間のフライトを経て、ヘルシンキについた頃ようやく私の涙が止まってくれたのでした。

終わってしまった、私のハンブルグの旅。
ぽっかり、と、心に穴の開いたような状態で成田までの長いフライトに耐え、
翌朝の8時50分、帰国したのでした。

さて、成田からはまたバス。
湘南方面のバスに乗るのは当然私だけなので、チケットを買ってみなさんにも
さようならを言いい、バスに乗り込み席へ座って出発を待っていると、そこへ父が。

「どうしたの?」と聞くと「ハンブルグではあまり一緒にいられなくてごめんね」
と言うのでビックリして、「それを言いにきたの?」と聞くと、「うん」としょんぼり答えました。
そして、「一緒に旅行ができてよかったよ。ありがとうね」と言いました。

76歳の父。声が大きく食欲も酒欲も旺盛で、とってもとっても元気ではあるけれど、
「一緒に、海外を旅行するのはこれが最初で最後だと思う」ということを
旅行前から言ってました。最後になって本当に実感したのかもしれません。

私も、そうかもしれない、とちょっと思っていました。こちらこそ誘ってくれてありがとう。

最後になるかもしれない旅行がハンブルグでよかった。家族全員一緒に、
おばあちゃんをつれてハンブルグに行けてよかった。本当にそう思いました。

私も「ありがとう」と言って、父がバスから降りていきました。
一生の思い出だね。お父さんとハグ、すればよかったかな。

さて、こうして私のハンブルグの旅は終わりました。
ぽっかりあいた心の穴はその後しばらく埋まることがありませんでした。
帰国後、1ヶ月以上、このレポを書き始めることができなかったくらいでした。

帰国後すぐに、KIKIの一家が日本を旅しにやってきました。
ノアムとジブリの森へ行ったり、ゾニアとショッピングしたりしたりできたので、
その頃からだんだんと気持ちが落ち着いてきました。

こんなに、帰国後も興奮していたのはやっぱり血のつながった親戚や、
父や母やまこととの深くて濃いハンブルグでの日々が、よっぽど私にとって
無意識のうちに必要としていたことだったからではないかと、思いました。

私はずっと日本にいて、みっちゃんや衆ちゃんたちが来日する度に出迎えて、
見送ってということを何年かに一度繰り返していたけれど、やっぱりもっと早く
私からも行っておかなくてはならなかった気がしました。でも、このタイミングで
さえも、行けたことに意味があったと思っています。

KIKI、ゾニア、のぶちゃん、みっちゃん、衆ちゃんとの交流は今でもメールで
続いていて、訪独の前よりも深まりました。

来年1月におばあちゃんの一周忌があるので、かずおじちゃんとさえこおばちゃん、
そしてみっちゃんと衆ちゃんが来日します。すぐに会える!

さようならハンブルグ。ありがとう!!おばあちゃんをよろしくね!


author: category:ハンブルグ
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=ハンブルグ= 6日目。

前日の夜遊びで2時間しか睡眠時間がとれず。
疲れとれず。まこと、起きず。

でもこの日もさえこおばちゃんのおいしい朝ごパンはしっかり食べました。
今日もハンブルグは奇跡の快晴!ハンブルグで今まで雨を見たことがない。
すっかり毎日おでかけ日和で幸せいっぱいです。

今日はこれから、中央駅から電車で2時間ほど走ったところにある
「リューベック」という街まで遊びに行きます。

風のみなさんと、風の方々がホームステイしているカネマキコアの
家族の皆さんたち全員で観光です。ランチにお魚が食べれると聞いていたので
すごーーーーーーく楽しみにしていました(というかそれだけが楽しみだった)。

さて、中央駅で集合。日本でも、ちょっと旅行するのに列車に乗るときって
飲み物とかお菓子とか、買いこんで乗るよね。乗るでしょ?

マユりんもコーヒーの大きいカップを買ってくる!といってフードコートへ
行ったのだけど、コーヒーも買ったのだけど、朝ごパンもしっかり食べたんだけど、



これをみて、買わずにいられる人なんかいないよね。このショーケースに並んでいる
パンのなかから一個だけ選ぶというのがまた至難の業。う〜んう〜んと考えること数分。
店員さんは途中「決まったら呼んで!」と言い残し、あっちへ行ってしまうのでした。

そして最終的に決まりました!ピタパンサンド、買いました!
※電車に乗ってすぐに食べました。中身はクリームチーズとサーモンという定番。
生野菜もたーっぷりはいっておいしかったです。

みっちゃんと「電車の中で寝ておかないと」と打ち合わせしていたにもかかわらず、
父が隣に座りに来たのでおしゃべりしていたらリューベックに着いちゃった。
(父とハンブルグでまともに会話したのはこの時が初めてでした)。



この駅もドーム型屋根のホーム。「世界の車窓から」でよく目にするけれど、ヨーロッパでは
これがお決まりなのね。外光が入ってくるように設計されているのでとっても明るいです。



そして駅概観はこ〜んな感じでした。なんだか東京駅にそっくりね。

さて、ここから歩くこと約15分。これから行く目玉スポット2箇所が見えてきました。


バスの向こうに見える、とんがり2本の建物と、その後ろに聳え立つ高いとんがり。
なんとふたつとも15世紀に建てられたものです。

手前2本のとんがりは「ホルステン門」といってリューベックを象徴する建物のひとつ。
この門、写真でも見てわかるとおり、傾いてます。レンガの重さに耐え切れず、
近年徐々に傾き始めたようです。この日も修復工事してました。



ほら、なんとなく内側に傾いているでしょう〜?
でもここをくぐってあっち側へ行くのだよー。

そ・の・ま・え・に!

本当にこの日まで父と母と一緒に外を歩くことがなかった私たち一家。
出発の日の飛行機の中以来、4人がそろいました。
この旅は4人そろって初めての、そしておそらく最後になる海外旅行です。

さすがに、父が「撮っとかなくては」というのでパシャリ。



ざ、マユりん一家です。みんな冴えない顔してます(お疲れなのですよ)。

さて、次は高いとんがりへ。聖マリーエン教会St.-Marien-Kircheです。



ぞろぞろと歩く日本人ジジババご一行はもちろん風のみなさまがた。
あのとんがりに?上までいけるの?まさか階段じゃないよね?などと
おおはしゃぎの大騒ぎで向かいます。



エレベーター(有料)でてっぺんまで。上から見るとこんな感じ。ホルステン門もちっちゃい。
360度見渡せる展望台は、風がきもちよく吹き抜けるところでした。塔大好き。

リューベックも緑と水の都でした。すごく気持ちがいいところ。
小さな小さな街だけど、散歩するには最高です。この塔以外に高い建物はないし、
起伏の小さい坂があったり、丘があったり、市場広場もあるし。

余談ですが、ハンブルグの姉妹都市は大阪で、リューベックの姉妹都市は川崎です。

この後地上に降りた私たちは、市場を探索したりショッピングをしたり。
リューベックはお砂糖とアーモンドを練ってあわせたお菓子「マジパン」の本場で
おばさま方は、こぞってマジパンショップでどっしりとお買い物をされていました。

私はゾニアと川沿いでこまごまとしたことについておしゃべりを。

「KIKIはどんな旦那さん?」
「そうねぇ、やさしいよ」
「ケンカする?」
「もちろんするよー」
「KIKIってちゃんと謝る?」
「謝らない!」
「やっぱりね〜」
「マユコの旦那さんは?」
「謝らない!」
「日本もドイツも同じだねぇ〜」
「同じだねぇ〜」
「おとこってやつはねぇ〜」
「ほんとにねぇ〜」

というようなこと。
まぁ私の英会話能力の限界もあるため、それほどこまごまとは話せないのだけど、
最終的には「今度家出するようなことがあったら次回はドイツへ!」という約束を
取り付けるところまでは話せました。ドイツに家出、いつかしてやる!


KIKIとゾニアは幼馴染。小さな頃から一緒に育ち、結婚してノアムが生まれた。
(でも私は以前KIKIから「彼女です」と写真で紹介された女性がいますが、
ゾニアではありませんでした。色々あるよね、あって当然、色々あってこそ今がある)
そういう人生についても根掘り葉掘り聞いてみたりしました。



ゾニア。とってもいい人でした。右のほうに小さく写っているのはご機嫌斜めなノアム。
この時すごーーーーーーーーく眠たかったのです。おなかもすいたしね〜。

さて!ランチです!

なんせ人数が多かったのでこの日のために予約済みのレストランへ。

ランチはコースでした。3種類から選べたため、いとこ同士で大きな席を陣取り
ぜんぶ頼んでシェアすることに。

まずはズッペ(スープ)。



かぼちゃスープ。メレンゲ添え。



ブロッコリーのスープ。クラッシュしたアーモンドが隠し味。これがすごくおいしかった!
今でも覚えてる味です。忘れられないおいしさ。



メインのビーフ。上に乗っているのはレバー。付け合せのカリフラワーにかけてある
ソースは、ドイツ名物「春の白いアスパラ」にかけるソースと同じなんだって。
ポテトはマッシュポテトを揚げたもの。ソースがおいしすぎました。



これはポークソテー。ちょっと硬かったけれど、アスパラ用ソースがかかっていて
おいしい。上のほうにあるのはハッシュドポテト。カリカリでした。




そしてわたしが楽しみにしていたお魚。白身の淡白なお魚でした。
ここにもおいしいアスパラ用のソースが。このソースで白いアスパラを食べてみたい。
是非、春に家出しなくては。




そしてデザート。バニラアイスにすっぱいヨーグルトが添えてあり、ベリーのジャムが
かかっています。メイン料理終了後にいろんなテーブルで写真を撮っていたので
アイスはすっかりとけ気味だけどおいしかった。

すべてぺろり完食。飲み物はもちろん、ビールとアルスターバッサー。
紙ナプキンもマリメッコだし、目にもおなかにも大満足なランチでした。

ドイツに来て初めて、レストランで食べた〜〜〜!という感じのゴハンでした。

幸せいっぱい、おなかいっぱいで帰りの電車では爆睡。2時間たっぷりねて
ハンブルグへ戻ってきました。ふと、地面を見るとぬれている。
お迎えに来たさえこおばちゃんに聞くと、「今の今まで雨が降っていたの!」というでは
ありませんか。んまー、私たちがちょっとハンブルグを離れたすきに雨を降らすなんて、
神様も粋なことしちゃって。それとも、これは、はまさんパワーかも??

※雨の多いハンブルグと聞いていたので、毎日折り畳み傘を持ち歩いていたけれど、
一回も開くことなくハンブルグの旅を終えることになります。すばらしすぎる。

ハンブルグに戻り、風のみなさんとは解散。

父と母が買い物をしたいというので、アルトナのメルカドへ。
彼らはこのときまで本当に自由時間がなく、自分たちのものもお土産も
一切買っていなかったとのこと。そしてユーロもたくさんあまっているんだよ〜といって
目に付くものを買いあさる両親についてまわり、通訳や「○○ユーロって何円?」
と聞かれるたびにサクっと計算して教えてあげるなどのツアコンのような役目を
果たしました。さえこおばちゃんが「ジョリちゃんに何か買ってあげる」というので、
大きな大きなカレンダーを買ってもらいました。来年用の。

それから、ドイツといったらやっぱりグミ。グミをたくさん買わなくてはというので
メルカドのすぐ近くにある巨大スーパーへ。衆ちゃんもみっちゃんも、これから
行くスーパーはなんでもあるんだから!と大興奮していたくらい、
本当になんでもかんでもあるスーパーでした。食料品はもちろんのこと、
衣料品もあればタイヤまで売ってました。

私も、それまでにさんざん色んなものを買っていたけど、目が覚めたように
あれこれ買ってしまった。だって、お塩とコショウの電動ミルが5ユーロだったり
するんだもん。買ってしまうよ、みっちゃんも買ってたよ、、他にも調味料や
缶詰のレバーペーストや、インスタント食品(パスタスープとか)など色々。

あー買った。もう思い残すことはない。と、父が言ってました。よかったよかった。

さて、夜ゴハン。
さえこおばちゃんが最近できた新しいレストランへ招待したいと言ってくれたので
みんなでぞろぞろと行ってみましたが、すごい行列で断念。

結局、コンサートの夜に行ったおいしい中華屋さんへ。
かずおじちゃんとさえこおばちゃん、衆ちゃんみっちゃん、我が家の4人で
おいしいご飯をたっぷりたべました。ゆっくりとおしゃべりもいっぱいできました。

ハンブルグ最後の夜。明日の朝はもう空港へ行かなくてはなりません。

淋しい気持ちと、買い物しすぎてスーツケースが閉まらないというお決まりの
大騒ぎで終わっていきました。いつまでもおしゃべりしていたかったけれど、
お布団の中でちょっと瞬きをしたら、次の瞬間にはもう朝。
人生で何度か経験したことのある、永遠にきてほしくない朝が。。。。

そして、空港では号泣のお別れタイムが待っていました。
まだ続く。

今年中にはレポを終わらせたいと思っています!


author: category:ハンブルグ
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=ハンブルグ= 5日目。

今朝もすっきり晴れてます!

みっちゃんの快適すぎるアパートとは今日でお別れ。
今夜からは、父も母もまことも一緒にかずおじちゃんの家に泊まります。

荷物を簡単にまとめて、みっちゃんへのお礼の置手紙を書いて
お部屋やバスルームなどを簡単に掃除しておきました。私が額に入れて
持ってきたおばあちゃんの写真はこのままみっちゃんのおうちの、
気持ちのいい窓際へ飾ったまま置いていきます。

ドイツ生活を楽しんでね♪

さて今日のスケジュール。
メインイベントは夜。「ホルシュテイン」というビール会社の
パーティー会場で風のみなさんとカネマキコアの交流会があります。
ビール飲み放題、軽食も出るとのことでものすごく楽しみ。

そのための準備が色々目白押し。

まず、昨日でコンサート本番を終えた風の方々が全員今朝で
ホテルをチェックアウトし、カネマキコアの方々へのおうちへ
ホームステイしにいきます。
過去にも同じように訪独コンサートの度に、本番が終わると
みんなホームステーしていたそうです。そうやって交流を深め、
言葉が通じなくともぜんぜん平気に楽しく過ごせるとの事。

すごいねー。

なので、みっちゃんとかずおじちゃん、衆ちゃんたちと一緒にホテルへ
行ってチェックアウトのお手伝いと、全員の荷物を1台のバンに乗せて、
今夜のパーティー会場まで運び、パーティー会場からはそれぞれの
ホームステイ先へ各自運ぶということになっていました。

わたしとまことは、お迎えにきてくれたかずおじちゃんの車に荷物を積んで、
バンをレンタルする係りみっちゃん&衆ちゃんとホテルで合流します。

ではいざホテルへ。と、その途中、ホテル滞在の風の代表の方からお電話。

「ひとり具合の悪い人が発生」とのことでした。どうしたのかと訪ねると、
なんと、ハチにさされたとのこと。それはたいへん!!

マユりんはガイドブックにてあらかじめ情報はつかんでいたけれど、
この時期のハンブルグで注意しなくてはいけないことのいくつかに、
「白樺の花粉」と「ハチ」がありました。

白樺の花粉は、日本でいう杉やひのきの花粉症の症状とそっくりな状態に
なるというもので、スギ花粉症患者6年生のマユりんも、
ハンブルグ入りした夜からとても軽い状態でしたが花粉症っぽい症状が
出ていました。くしゃみが出る程度でしたけれど。

そして、ハチ。この時期は特に注意!と書いてありました。

前にも書きましたが、私たちが滞在している間のハンブルグは、
ドイツ人もびっくりの、晴れ続き。日中は気温も高い日が連続していたため、
いつもより多くハチが発生していたようです。
あー、それにさされちゃったんだね〜、アレルギーがある人は大変って
聞くけれど、大丈夫だろうか。。と思いながら、ホテルへ急行。

既にロビーには大勢の風のメンバーの方々がスーツケースを持って
待機中。その中の小さなソファーへ一人の方が寝ていました。

急いで駆け寄って、症状を聞くと、なんとハチにさされたのは
ハンブルグではないとのこと。日本で2度ハチにさされていて、
たぶん時差ぼけや疲れなどがたまっている抵抗力のない今、
そのときの症状がもう一度でてしまったのではないかとのことでした。
(詳しくはよくわからない、でもすごーく辛そうだった)

そして下半身が異様に腫れてしまっていて、心臓もドクドク、
顔色も真っ青で、けっこうな緊急事態でした。

かずおじちゃんは迷うことなく救急車を呼び、すぐに現れた救命医の
ひとたち(イケメンドイツ人2名、ほんとうにものすごくかっこよかった)
と、患者さんと、風の方の中にいた看護婦さんと一緒に救急車へ
乗っていってしまいました。風のその他の人たちの荷物は既に
バンへ積み込まれていたので、みなさんはパーティーまでご自由に
お過ごしください〜といい、私と私の両親ともう一組いる親戚と一緒に
ホテルのロビーで帰りを待つことにしました。

なんせ、救急車組みの方々の荷物があるので。。

私は近くのお店でパンとクッキーとコーヒーを買ってきて、朝ごパン。

それから父が両替したいというので、散歩がてらテクテクと両替場まで。
近くに大きなショッピングセンターがあるので、時間つぶしに少しブラブラ
して、2人でそれぞれが今までに食べたおいしかったものなどの情報交換を
したり、KIKIに連れて行ってもらった色々なところ、林さんと3人でバスに乗った
武勇伝などを聞かせたり(また)して時間を過ごしました。

ホテルロビーへ戻り、ウトウトしている母や親戚を眺めていたら
またおなかがすいたので、到着の夜にも行ったホテル隣のレストラン、
「アインシュタイン」でランチをすることに。

パスタやピザ、ポテト料理などを食べていたらかずおじちゃんたちも
帰ってきました。ハチに刺された人も「点滴をしてもらっている間に
たっぷり寝れた」といってすっかり元気になっていました。

よかったね!

さて、私たちもこれでやっと行動に出れます。
ひとまず、自分たちの荷物をかずおじちゃん宅へ置きに行って、
夜のパーティーのための買出しへ繰り出しました。

日本食屋さんへいって、たくさんの日本酒を買ったり、
またまた花束をいっぱい買ったり(例のメルカドのお花屋さんです、
今回もマユりんの試食つまみ食いが大炸裂)、とにかくいろんなものを買い込み
ました。

私とまことと林さんは、2日目に有給を取って観光案内してくれた
KIKIへ、何かお礼をしたいね〜とずっと話していました。
みっちゃんたちと合流したので、また別のお花屋さんへ
連れて行ってもらいました。KIKIのあの豪邸マンションで形に残る
記念の一品を買いたかったのです。ちょうどいい鉢があったので購入。
クリスマスシーズンにむけて、ポインセチアを選びました。

さて、みんなでパーティー会場へ。
風のメンバーの中には私がまだ赤ちゃんの頃からの
長い付き合いのおば様方がたくさんいるので、浴衣に着替えるのを
手伝ってもらいました。髪の毛も「マユちゃん、あーしなさいこーしなさい」と
アドバイスをくれて、もうとにかくすべてお任せでした。かわいい髪飾り?
まで貸してくれて、いたれりつくせり。お母さんがいっぱいいるみたい(笑)。

夕方5時半、パーティー開始。
今回も撮影係を任命されたので、いっぱい写真を撮りました。
まことはムービーでの撮影ががり。もちろん飲み放題のビールを
のみながら!ワインも日本酒もとにかくたくさんあり、あっちこっちの
ドイツ人の人たちが「ほら飲め!」「これも飲め」と持ってきてくれるので
「ダンケシューン!」といいながら言われるままに飲む私たち。たのしすぎる。

風の人たちがカネマキコアの方々に贈る歌や、盆踊り、
などを見ながら(撮影しながら)、楽しく交流会が進んでいきます。

さて、それではそろそろKIKI一家へのお礼贈呈式でもしますか。

KIKIとゾニア、そしてノアム、それからのぶちゃんとのぶちゃんママ、
遊びに来ていたゾニアの妹全員を別室に呼び出し、林さんとまことと
3人で「贈呈式です」といって、お礼を述べ、ノアムに鉢を渡しました。




そして記念撮影。


※ほんのちょっと加工してあります。
※ゾニアの妹、なんと15歳・・・嗚呼若い。かわいい。。お肌ツルツル(ノアムも)。
※私と抱き合っているのはのぶちゃんママ。その豪快さにマユりんすっかり大ファンに!

そしてパーティーが終わり、ホームステーへ向かう人々をすっかり全員送り出し、
後片付けもおわり、気がついたら何も食べずにがんばった私たち従兄弟全員で
打ち上げをしにいくことに。みんなかなり酔っていたけどおなかがぺっこぺこ。

何か食べに行こう〜、と夜の街へ繰り出しました。
で・も?な・ぜ・か?
開いているお店に入ると、「あと30分で終わり」とか「今日はもう閉めるんだよ」
と断られます。なんでだろう〜、と言いながらお店を探すこと7件。全滅。

最後のお店の人が教えてくれたんですけど、その日は9.11がらみで街で大きな
デモがあったそうです。過激派反なんとか組のデモだったそうで、
安全確保のために、9時までの営業で閉めてしまうお店が続出していたようです。

え〜でもなんか食べたい。おなかすいたービールも飲みなおしたいよね!
といいつつトボトボと歩いていたら、けっこう寒くなってしまいました。
もうどこでもいいから入ろうよ〜と見つけたお店。そこは・・・ライブハウス。
というか、こ、これは、クラブ!?

DJブースがあり、小さなステージがあり、入るときお金を払って手にスタンプを
おされるあの、あの、クラブだ。。マユりんなんかが入っていいのかな
(15歳もいるし・・・)。と不安に思っていながらもお店に入って、気がついたら
KIKIが買ってきてくれたビールをぐびぐびと飲んでいました。

飲んでいるビンビールの中身がなくなる前に次々と新しいビールを
誰かしらが買ってきてくれるので、いったい何本飲んだか不明。
私も何度か全員分のビールを買ったりしているうちに、
そうとう酔ってきたよ。(結局食べ物なんにもなし)。

そして、1時になるとラッパーのライブが始まるとのことで、続々と人が入ってきました。
酸素がうすーーーーーーくなってきて、全員がものすごくハイな状態に(笑)。

お店の中が暑かったし、とにかくみんながひどく酔っ払っているので
「いったん外に出よう」と冷静大人なKIKIが提案するも、
その他のやんちゃ従兄弟軍団は言うことなんかきくわけありません。
おおはしゃぎしながら、「とびっきり変な顔で写真撮ろうよ!」とか、いいながら
今見るとすごく恥ずかしい顔の写真をいっぱい撮影していました。

15歳も負けずに変顔で、いーーっぱい写真に写っていました。

ついにKIKIが「はい!全員いったん外へ!」と引率者のようにみんなを外に
連れ出し、私もつまみ出されるように外へ。KIKIとしてはいったん落ち着かせようと
思ったのでしょうが、今度はみっちゃんや衆ちゃんがクラブへわらわらと集まってくる
他人の若者たちと、まるで友達のように楽しそうに会話する中へ私とまことも
なぜか参加していたため、外の盛り上がりもすごいことに。

変顔写真も、更に盛り上がりを見せていました。



一番左が冷静なKIKI(もっと変な顔しなさいよ)。
次は衆ちゃん、わたし、みっちゃん、そして本日の変顔大賞のまこと。

この後、ラッパーのライブが始まりもう一度店内へ戻り、
マユりん普段はまったく興味のないラップの世界へすんなりと溶け込み、
イエーイ、ヨーヨー!と言いながらみんなで踊り狂ったのでした。

汗だく。

ライブが終わり、お店も終わるというので最後に全員で記念撮影。



気がつけば深夜3時。外に出たらものすごく寒くなっていて、
大都会ハンブルグの空にも星がたくさん輝いていました。

KIKIとのぶちゃんはタクシーで帰っていき、私たちはこのクラブに偶然来ていた
衆ちゃんの友達に車で送ってもらえました。

みっちゃんはこの後朝の6時まで、衆ちゃんの友達とみっちゃんアパートで
宴会したそうです。

あーーーーー本当に楽しかった。おなかはぺこぺこのままだったけど、
この夜が一番楽しかった。一生忘れられない。


かずおじちゃんの家に、忍足で帰っていったわたしとまことは、
寒いベランダに出て夜空を見上げながら、
何回も「楽しかったね」「帰りたくないね」と言い合ったのでした。

でももう寝なくちゃ。明日の予定もびっしり詰まってます。
2時間しか睡眠できない。でもとても満たされた夜でした。


明日は実質ハンブルグ滞在最終日(もう!?)。
ハンブルグから電車で2時間の「リューベック」という街へ観光に行きます。
風の全員と、ホームステー先ドイツ人たちと全員で。

そして、最大のお楽しみは、全員で食べるランチ。
ハンブルグに来てから、これといってドイツ料理を食べていないマユりん。
ランチではドイツ料理を堪能します。スープが絶品でした!

これまたのんびり更新になりますが、お楽しみに〜★

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=ハンブルグ= 4日目。

今朝も、ちょっと早起きして、生まれたての朝日の中をお散歩。
この日の気温は昨日よりも寒かったけれど、昼間は暖かくなる気がする日差しでした。

ハンブルグに来てからまだ一回も雨が降ってない。今日は滞在4日目。
ハンブルグは晴れの日が3日と続かないことで有名な土地なのだけど、
ソレが本当だとしたらこれってすごい。神様ありがと!おばあちゃんありがと!!

今日もこの後すぐにさえこおばちゃんのモーニングを食べに、
かずおじちゃん宅へ行く予定。

前夜、みっちゃんが「明日も9時にお迎えに行くね」と言ってくれていました。
みっちゃんのアパートからかずおじちゃんのおうちまでは、車で7分くらい。
いつもその間にパンを買ったり、買い食いしたりしているので直接行ったことは
ないけれど、たぶんもう自力で直接いける。それにもうちょっとこの辺を
歩いてみたい。で、地図を開く。

まことと2人で「ここをまっすぐいって、この交差点を左に曲がって〜」と相談し、
ある程度道を把握できたので早速、みっちゃんに電話。
「おはよう〜今日はさ、自分たちだけで行けるからお迎えは大丈夫よ」というと
「え〜〜〜〜!絶対に迷うよ!」というのですが「いいの、迷っても。必ず着くから」
と強行手段に出ることにしました。みっちゃんの心配声を無視して(笑)、歩き出しました。

住宅地も緑がいっぱいで気持ちいい〜。それにステキな建物がいっぱい。



↑これはアパートじゃなさそう。掲示板があるし。なんだろう。



↑これはアパートだね〜。一個一個のアパートが違うデザインでくっついてるんだね。
これなら真冬もあったかそう〜。

などとまことと街見学しながらトコトコと。写真ではわかりにくいですが、これでも晴れていて、
少し歩くだけで暑くなる日差し。トコトコ散歩は続きます。

そしてまったく迷うことなくかずおじちゃん宅へ到着。チャイムを押すとみんなで
驚いている様子があっちから聞こえました。「よくこれたね〜」って(笑)。

その後はみっちゃんがコンサートで着る衣装の足りないものを買いに
みっちゃんと衆ちゃんと4人で「ザンクトパウリ」という地区へ。
そこは2日目にブルストを食べた近くでした。みっちゃんたちが買い物を
している間にわたしとまこともいろんなお店を物色。

それからお花屋さんへ。コンサート会場でのおばあちゃんの席に置く
お花を買いました。その発想にマユりん感激。朝っぱらから胸がいっぱいに
なってしまい、ウルウルしながらお花をいーーーっぱい選びました。
持つのが大変なくらいのおおきな花束にしてもらえました。
その他指揮者2名やバンマス、ピアニスト、オーケストラのソリストなどに
渡す花束もたくさん。4人でも持つのが大変。

車に乗ってかずおじちゃんの家に帰り、そして今日もおいしい朝ごパンを
いっぱい食べて、さて出発。

今日は夕方から、風とカネマキコアのコンサートのゲネプロとコンサート本番が
続いています。お手伝い係りなので集合時間に行かなくてはなりません。

それまでの時間は、林さんと3人でまたまた観光できます。

前日に見学に行った中央駅で林さんと待ち合わせ。
コンサート会場が市庁舎からすぐなので、その界隈を観光しながらショッピング
しながら歩こうか〜ということになりました。

H&Mが本当にあっちこっちにある。日本でいうとセブンイレブンみたいに
街のあっちこっちにあります。そしてどこもすいてる。

市庁舎のまわりはショッピングエリアです。ブランドショップもたくさんあり
楽しいエリア。そしてそこにはあのポッチャリンの銅像も。

ポッチャリン。なんでこんなちびっちゃいチャップリン風の銅像が道の真ん中に
あるんだろうね〜と林さんと話していたら。。。



同じくポッチャリンを「なにこれ」という目で見ていたおばさんがいて、
そして、ポッチャリンの足元にある壺にコインを入れました。

すると・・・

え?



ポッチャリンが動いた!

生きてた!

キャー、銅像だとばっかり思っていたけど
(だって本当に動かなかったし瞬きだってしてなかったんだもん)、人間だった!!!




この後この妊婦さんの手にキスするポッチャリン。
ほ〜、こんな商売、アジアだけかと思ってた。。ぽっちゃりん恐るべし。

この後私もコインを入れて、手にキスしてもらいました。うれしかった。あは。

さて。集合時間になったのでコンサート会場へ。
コンサート会場は『ライツハレ』といいます。旧「ムジークハレ(ミュージックホール)」。
ハンブルグの伝統的なコンサートホールです。最近名前が変わったらしい。

『ライツハレ』の「ハレ」はホール。でも『ライツ』ってなに?なになになに?
後で辞書をひいてみよう。



ライツハレに到着。私たちはお客さんではないので裏口から入ります。



おしゃれな裏口ドア。この重厚なドアが開いてドアマンが中へ誘導してくれました。

既にそのほかの方々もみんな到着していて、あっちこっちでまずは挨拶。
ドイツ人の人たちはみんな「グーテンターグ」といってハグとキスをしてくれる。
これがなんだかとっても癒されるんですよね〜、あちらにとっては日常の挨拶でも
日本人にとっては誰かに無条件で抱きしめられることなんか子供のときしか
ないですもんね。この習慣、日本にも根付くといいな。ハグ。

さて、ゲネプロが始まりました。
コンサート本番はビデオはいいけどカメラ撮影は禁止。
そのため、私とまことと衆ちゃんはゲネプロ中の撮影係に任命されました。

風のメンバーの方からいろんなカメラを預けられたので撮影けっこう忙しい!



私が持っていた(渡された)カメラの中から、
Nikonのカメラを「あ、オレこれにする!」といって奪っていった衆ちゃん。

さて、ゲネプロが始まりました。まずは風のリハーサル。
私は日本でもハンブルグに来てからもまったく練習に参加したことがなかったけれど、
アマチュアとはいえどもものすごい迫力。圧倒されっぱなしでした。
おばちゃんおじちゃんたちのパワーあふれる歌声を聴いていたらなぜか涙がポロリ。

なんていうか、歌って人の生きる力になるんだな〜と思って。。感動。

そして楽しみにしていた風とカネマキコアの合同リハーサル。

みなさんは「森は生きている」というロシアの児童文学をご存知ですか?
マユりんはこのお話を5歳の頃から愛聴していたんです。

というのも、うちのおばあちゃんは毎月一回私たちに会うために家に遊びに来て
くれていたんですけど、その度にお話しの入ったレコードをお土産に持ってきてくれて
いて、私たち兄弟は寝るときにお布団に入ってから「今日はこれがいい」といって
レコードを選び、レコードをかけてもらうという夜を毎晩過ごしていました。
そのレコードの中のひとつが「森は生きている」で、夜の読み聞かせがわりとして
かけてもらうレコードの中ではダントツ再生率ナンバーワンでした。

その「森は生きている」の劇中歌に「燃えろ燃えろ」という歌があります。
この歌は私たち家族の中では「テーマソング」として根付いています。

私の中ではこの歌が父が指揮をするためにある曲のひとつなのです。

そして今はこの「燃えろ燃えろ」が風とカネマキコアの交流歌として合唱される
一曲としてレパートリーに加えられています。カネマキコア(ドイツ人たちの合唱団)
も日本語で歌える歌なんです。

ゲネプロでもその歌が歌われました。この歌を聴くとマユりんはたまらない気持ちになって
いつも泣いてしまうのです。ゲネプロで号泣するマユりん(もちろん撮影もしながら)。

衆ちゃんもそんな私を見て「泣かないで〜」と苦笑してました。
朝から泣きっぱなしのマユりんなんですけど、私の泣き方ってちょっと変わってる
らしい。衆ちゃんが一生懸命説明してくれたかわいい日本語を訳すと、
普通人が泣くときって泣いてしまってそのほかの事は手につかなくなるけれど、
マユちゃんはほかの事を普通にしながら、ポロポロ泣いて、でもしっかりしゃべって
いろいろなことをしながら泣いていてビックリする、ということでした。
なるほど、言われてみれば自覚ある。そうなの、だからほおっておいて大丈夫よ
と私も説明しました。リハーサルの終わった父たちも私が泣いていることに
ビックリ。感動したんだよと説明すると、「泣き虫だなぁ〜」とあきれていました。

でもひとり母だけは「ついでに日ごろの辛いことのぶんも泣いておきなさい」と。
さすがです。

さて。控え室ではみっちゃんが司会の練習。時間を計ってほしいというので
時計を見ながらみっちゃんの流暢なドイツ語の練習に付き合いました。
赤ちゃんの頃は、ほんとうにただただかわいくてやんちゃなみっちゃんが
こんなに大きくなって、とまるで母のような気持ち。おばちゃんもう感無量です。

さて。みんなが正装に着替えだしたのでマユりんたちも正装に着替えました。
徐々に盛り上がっていくコンサート本番までのこの時間。
さえこおばちゃんが作ってきてくれたおにぎりを食べたり、おばあちゃんの
思い出話をしたり、おばあちゃんのためにとっておいてくれた席にお花を
かざったり、おじいちゃんとおばあちゃんの写真を飾ったり、準備万端。

お客さんも徐々に入り始め、最終的にはなんと満席に。
チケット完売状態でコンサートが始まりました。

歌のほかにもかずおじちゃんの60才お誕生日のお祝いや、
大阪とハンブルグが姉妹都市として協定を結んでからもちょうど60年で
そのお祝いや、ハンブルグ市長さんまでがかけつけるという盛大なものでした。

そしてこの日はおりしも9.11。おじちゃんがドイツ語で「こうやってみなさんに
お祝いしてもらっている私がいる一方で、世界では未だ戦争が続き、
この日の悲しみにくれる人たちがいることを忘れてはいけない」ということを
スピーチし、そしておじちゃんの指揮者人生集大成である「第九」を全員で歌って、
会場はスタンディングオベーションの嵐。ほんとうに感動的なコンサートでした。

私も林さんも涙涙で大拍手。林さんだって今回のコンサートで歌いたかった
はずで、でもどうしても歌うことができない事情があり、舞台に立てなかった
ことへの淋しさと、だけどみんなが大舞台で歌っている達成感を感じ、
涙が出てしまったそうです。私はコンサートの間中、胸におばあちゃんの写真を
持っていて、舞台で抱き合う父とかずおじちゃんの姿を見せてあげました。

おばあちゃんも大満足。見せてあげられてほんとうによかった。
風のみなさん、カネマキコアのみなさん、そして父、かずおじちゃん、
ありがとう。来てよかった!

その後は打ち上げ。風のメンバーとコンサートに参加したオーケストラの中の
日本人の方々、ソリストの方々、カネマキコアのメンバーほぼ全員で中華へ。
打ち上げも盛り上がりました。おいしいおいしい中華を食べながら、一人ずつ
感想をスピーチしなければならず、私も緊張しながら感想とお礼を述べました。

まことも「ものすごく感動しました、ありがとうございました」と言ってました(素直)。

そしてこの日も深夜まで、楽しんでしまった私たち。外は木枯らしの寒さでしたが、
心はずっと暖かいまま。みえないところまでいろんな人の協力で成功した
コンサート。おじちゃんも父もとっても幸せそうでよかった。

こんなに愛にあふれた夜はありませんでした。私も取っても幸せ。

さてさて!
明日は、ハンブルグにあるビール工場のコンサートホールにて(そんなのがある
会社ってすごい)、風とカネマキコアの合唱交流パーティーです。

風のみなさんの指令で、マユりん浴衣を着て参加です。
お手伝いしながら、いっぱいビールを飲むぞ!!!
と意気込んで26時就寝。疲れを感じないのは時差ぼけのせい?

そして午前中はびっくりのハプニングあり。忙しい一日になりますよ〜。



↑朝行ったお花屋さんにぎっしりつまったお花たち。ここにあるお花を3分の1くらい
買い占めました。ワオー。

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=ハンブルグ= 3日目。

のんびり更新のハンブルグレポです。
今日もことこまかく書くので、長文ですYo。

行ったとこより、会話が重要なマユりん。
従兄弟たちとの貴重な日常を記録に残したいのです。

前夜も遅くに寝たのに、朝7時にぱっちりお目覚め。
時差ぼけの影響と、みっちゃんの部屋にカーテンがないことが
影響していると思う。なのに全然苦じゃない。さわやかな目覚め。
滞在日数が短いし、早起きできたら時間いっぱい有効に使えるね。

シャワーを浴びて、コーヒーをいれながらまことを起こす→全然起きる気配なし。
今朝もみっちゃんがお迎えに来てくれることになっていたので
それまでの間、近所をぶらりと散歩。




これがみっちゃんのアパート。広いフロントヤードが広がる気持ちのいい地域。
同じような建物がずらりと並んでいるけれど、私だったらよっぱらって帰ってきたとき
自分の部屋を間違えそう。今でさえ間違えそう、赤いバイクを目印に目印に、と思いながら
振り返りながら散歩しました。写真には写っていないけれど、紫色の自転車も置いて
あったので、大丈夫だった。

今日も快晴。朝の気温は日本でいう11月初旬の感じ。
ピリっと寒いけれど、それがまた気持ちいい。

昼間は暑くなりそうな日差し。

迷うことなく部屋に戻ってまことを起こし、コーヒーをいれてあげました。

みっちゃんがお迎えに来てくれたので、車に乗って今日もさえこおばちゃんの
おいしく美しい朝ごはんを食べにかずおじちゃんちへ。

途中、パンを買いに大きなスーパーへ寄ります。
日本で、食べるときにゴハンを炊くのと同じで、どうやらこちらの人たちは
ご飯の前にパンを買いに行くみたい。今日寄ったパン屋さんは、かずおじちゃんの
家のある「アルトナ」という大きな駅に隣接している「メルカド」というショッピングモール。



衣食様々なお店があり、店内をゆっくり見てみたい〜。

パンのチョイスをみっちゃんにおまかせし、私はその周りにあるフードコーナーを
見てまわりました。チーズ専門店があったり(これなに?と聞くとスライサーで
スラーっと切ってくれて味見ができる、ブルーチーズがすごーくおいしかった)
お惣菜屋さんがあったり。イタリアンのお惣菜屋さんではオリーブを5粒も
試食しちゃった。オリーブオイル漬けのニシンや茄子もあり、いつか食べなくちゃ。

お肉屋さんのショーケースには、ありとあらゆるハムが!



ここでも指をくわえてじーっと見ていると、試食させてくれるので、サラミや
ハムとパプリカなどがゼリー寄せになっているものを数枚いただきました。

食欲がピークになったマユりんは、このお肉屋さんのお惣菜コーナーで
ポテトケーキ(クラッシュポテトのパンケーキ)と、アイスバイン(豚肉の塩漬け)の
骨から削いでもらったものを買いました。朝ごはんに追加してもらおうと思って。

かずおじちゃんの家について、おいしい朝ごパンをおなかいっぱい食べて、
おでかけタイム。今日のスケジュールはまことと林さんの3人だけで観光です。
※みっちゃんは明日のコンサートで歌も歌うし、司会もするのでその準備で多忙。

まこととふたりだけで電車にのります。アルトナからU2(ウー・ツヴァイと読みます)
に乗って、まずは林さんをお迎えに「Billsted」駅まで。この駅にも大きなショッピング
センターが隣接されていて、その中で両替してショッピングすることになっていました。

みっちゃんがハンブルグで一番大きいかもしれないといってたショッピングモール。
時間を決めて別行動にしました。マユりんが最初に行ったところは巨大ドラッグストア。

日用雑貨はもちろん、ガーデニング用品や食品もたくさんあるし、ここだけで1時間は
すごした気がする。日本にもあるけどデザインが違って楽しいものもいっぱい。

その後あわてて、H&Mや本屋さんなどを2時間たっぷり見たけど、回りきれなかった。
なんせ広すぎる。また機会があったら来なくちゃ。

さて次に向かうはハンブルグの中央駅。
3人でU2に乗ってやってきました、ここです。
※私たちは全員が「ハンブルグカード」という一枚で電車にもバスにも3日間
乗り放題のチケットを持っていました。



どーん。
広いんです。フィリップスの窓の向こうにもホームがずらり。
新幹線や夜行列車クラスの車両がどんどんやってきては去っていく。
もちろん電車で国外にも行けちゃう。kioskも本場のものでした。
この駅は本当に広くて、フードコートもあればちょっとしたショッピングもできちゃう
楽しいところなんです。数日後に私たちもここから電車に乗って小旅行します。

ここでも1時間程度、3人で遊べてしまいました。
写真を撮ったりおやつを食べたり。マクドナルド見学(何も食べなかったけれど)したり。

マクドナルドのメニューを見てみると、メインのものは日本とそれほど変わらなかったけど、
やっぱりベジタリアンや宗教の関係で、日本には存在しない野菜メニューが多かった。
朝マックは定番のソーセージ以外に、ベジタブルマフィンがありました。
ここでも機会があったら食べてみたいと思いながら、残念ながらハンブルグ滞在中に
マクドナルドは一回も食べれませんでした。ちょっと残念。

次に向かうは市庁舎。
中央駅から歩いていけます。

途中こんな銅像が。



ちょっと太ったチャップリン像。ぽっちゃりんと命名。
なんでこんなものが道路の真ん中に?と思うでしょう?
後日、とんでもない事実が判明しますよ。お楽しみに。

15分程度テクテクと歩いていくと、見えました。市庁舎です。



曇っていて残念。

ヨーロッパ!というたたずまいを全面にかもし出す由緒ある歴史的建造物のひとつ。
今でも市庁舎として現役で、議員さんたちが忙しく働いているそうです。
でも見渡す限り、観光客ばかりで、まるでテーマパーク。



中庭には噴水。カフェもあり気持ちのいい場所でした。

さて、そこに一本の電話が。
ハンブルグから電車で4時間南下したところにある「デュッセルドルフ」に住む
衆ちゃんからでした。※かずおじちゃんの三男。

「グーテンターグ、マユちゃん、衆ちゃんだよー」
「衆ちゃん!」
「衆ちゃんは今日電車に乗ってハンブルグに帰るだけど」
「ほんと?」
「だから夕方に会おうよ」
「だったら私たちも夕方アルトナに戻るね」
「オーケー(急に英語)、ハンブルグに着いたら電話します(急に敬語)」
「わかったー。たぶん私たちメルカドにいるから」
「メルカドの場所わかる?」
「メルカドしかわからないの」
「Aso!」(※後に説明します)
「うん、待ってるね」
「早く会いたいだしー(?)、チャオ!(急にイタリア語)」
「チャオ!!」

※「Aso!」これは『アッソー』と発音するドイツ語。意味もそのまま「あっそう?」とか
「ほんと!?」とか「そうなんだ〜」などの意味を持ちます。

電話を切ったらまことが「チャオってドイツ語だったんだ!」と。
笑いながら「違うよ、イタリア語だよ」と説明したら、「え!衆ってイタリアに住んでるの?」
と。またまた笑いながら説明したんだけど、よくわかっていない様子。

海外渡航初体験中のまこと。
この後も色々な勘違いや思い込みで楽しませてくれました。

衆ちゃんは、ハンブルグという土地で日本人夫婦の間に生まれたわけだけど、
時々話す日本語がとにかくおもしろくてかわいいのです。
子供の頃から衆ちゃんの話す日本語に大人はメロメロでした。
今回の滞在中、色々かわいい日本語をたくさん披露してくれます。

さて、夕方までにアルトナに戻る必要がでてきたってことは、ここからは
あまり遠くにはいけない私たち。しばらく噴水前で休憩しながら、
どうしよっか、あまり時間がないけれど。。と議員気分で会議しました。

その時マユりんの心の中にはムクムクと、冒険心が生まれてしまい、
言葉もわからないこの国で、並べてあるアルファベットはまるで英語なのに
読み方もわからないこの国で、

「バスに乗ってみませんか?」

と発言していた。。。マンガかと思うようなリアクションで驚く二人。

「ど・・どこから?」
「ここから」
「ど・・・どこまで?」
「アルトナまで」
「乗り方わかるの?」
「はいたぶん。さっき歩いている途中でアルトナを経由するって正面の掲示板
に書いてある37番のバスを見かけたんです」
「ハンブルグカードで乗れるかしら」
「乗れますよ・・たぶん」
「大丈夫かなぁ〜」
「アルトナは大きな駅だから、バスを逆方向に乗らなければ大丈夫だと思います」
「そう・・・かな。」
「はい」

不安そうな林さんとまこと。

U2に乗ればアルトナはすぐなんだけど、マユりんはバスにのってゆっくり
街の中を見てみたい。バスだって正しいのに乗れれば着くんだし。

ついに林さんが
「マユちゃんに着いていく」と言い出し、そもそもついてくることしかできない運命の
まことも「お供します」と観念しました。わーい、ワクワクするね!

バス停を探している間に、まことに英会話講義。

「バスがきたらさ、運転手さんに『アルトナに行きますか?』って聞いてよ」
「なんでオレが・・」
「アルトナ駅を英語で言ってみて」
「アルトナステーション」
「そう。ならアルトナ駅に行きますか?は?」
「アルトナステーション、レッツゴー?」
「ぷっ。それだと『アルトナ駅行こうぜ!』になっちゃうよ」
「アルトナステーション、ゴー?」
「近い!ゴーイング、アルトナステーション?だよ」
「ゴーイングね」
「うん、がんばってね」
「アルトナの『ル』って舌巻くの?」
「巻きません」

そうこうしているうちに、目の前に37番のバスが。
見守っているとバス停に止まった。バス停発見!あそこから乗ればいいのね。
バスの運転手さんにまことが「ゴーイング、アルトナステーショーン?」と
聞いて、運転手さんが「ヤーヤー」とうなずいてくれたので乗り込みました。

あーよかった。と思ったけれどすぐに次の問題がやってきた。
めいめいが好きな席に座り窓の外を見ながらバスを楽しんでいると、
「マユちゃんどうしよう」と林さんが不安顔でやってきた。

「どうしました?」
「このバス、降り方がわからなくない?」
「え?」
「降りるときに押すブザーがないよ」
「ええ?」

バスの壁を見てみた・・。ほんとだ、ブザーがない。

「でも、人々はどんどん降りてますよね」
「各駅停車なのかな」
「う〜ん、違うと思いますけど」
「どうやって降りたい時にお知らせするんだろう」
「運転手さんに聞いてきましょうか」
「このバスって、アルトナ駅が終点?」
「アルトナは経由駅で、終点は別の駅みたいです」
「大丈夫かな」
「アルトナは大きい駅だから、たくさんの人が降りますよきっと」
「そうかな」
「私、アルトナ駅には昨日も今朝も行ったので見ればわかると思うんです」
「わかったわ」

私もドキドキ。

でも30分くらいで、アルトナ駅について、想像通り大勢の人が降りたので
私たちも無事降りられた。小さく達成感。これは誰かに言わないと。

※後でわかったことだけど、ブザーは壁にはなく、バスの中のポールに
ボタンが設置されているとの事。全然気がつかなかったよぅ。

さて、アルトナについたのでじっくり見てみたかったメルカドへ。
2時間くらいかけて店内を探索。もちろん今朝行かなかったお惣菜屋さんでの
味見も欠かさないマユりん。ワインひとくちと、茄子一枚食べました。
林さんはお孫さんに絵本を数冊、まことはTシャツやなんかよくわからないライター、
私はメルカド内の大きなスーパーでスパイスなどを数個買いました。

するとそこへまた電話が。
衆ちゃんかな?と思って出てみるとKIKIからでした。

「KIKIですよ〜、今日は何してたの?」
「聞いてよKIKI!今日私たちバスに乗ったんだよ」
「え?どこから?」
「市庁舎から」
「どこまで?」
「アルトナまで」
「誰かドイツ人も一緒に?」
「私たち3人だけで」
「ASO--!(ものすごく驚いている)、すごいねー」
「すごいよねー」

電話の向こうにいるゾニア(KIKIの奥さん)にもドイツ語で報告している様子。

余談ですが、ドイツでは「S」が「Z」と同じ発音にまります。
なので「ソニア」は「ゾニア」。「さえこ」は「ざえこ」になるのです。
「サラミ」は「ザラミ」。「スープ」は「ズッペ」。

ゾニアも電話のむこうで「アーーーッソーーー!」と叫んでいる。
なんだか武勇伝になっちゃった。

KIKIの用事はこうでした。今夜衆ちゃんが帰ってくるからみんなでKIKIのおうちで
ご飯を食べる?というので、食べると即答。そしてこれから衆ちゃんと合流する
ことを説明すると、なら衆ちゃんにKIKIの家まで連れてきてもらってねと決定。

電話を切る前にKIKIが
「ノブちゃんのお母さんも来ているんだよ」
「ノブちゃん?」
「ノブちゃん知っているでしょう?」
「ううん、知らない。だれ?」
「会ったことない?」
「たぶん会ったことない」
「ノブちゃんは、KIKIの飯田の従兄弟だよ」
「ええええ〜〜〜!」

KIKIの飯田の従兄弟。
それは、さえこおばちゃんの実家のある長野県の飯田市のこと。
つまりマユりんとは反対側の親戚の従兄弟がノブちゃんてこと。

私にとって従兄弟の従兄弟。
考えてみたら当然世の中に存在するわけだけど、
今までそんなこと考えてみたこともなかったマユりん。

KIKIのおうちに、ノブちゃんが住んでいることも初耳。

「今夜はパーティーだよ」
「わーい」
「チュース(これが正しいドイツ語の「またね」です)」
「チューゥ〜ス(Tschussと書きます)」

そうか。従兄弟の従兄弟か。なんか不思議な感覚。

買い物が終わったので、メルカドの外にあるカフェへ移動。
外の席に座れたので、アルスターバッサーを飲んでいると衆ちゃんから電話。

カフェの場所を説明して、衆ちゃんがやってきました。
何年ぶりだろう。すごく大人になってる。

林さんを紹介し、KIKIの家に行くことになっていると説明し、早速移動。
林さんはホテルに帰る時間があるので、KIKI宅へは行きません。
アルトナ駅までお見送りし、私たちはKIKI宅へと向かいます。

衆ちゃんに「どうやって行くの」と聞いたら衆ちゃんが「バスにしようか〜」
というのでマユりんの「聞いてよ衆ちゃん、私たち今日3人だけでバスに乗った
んだよ」の話が始まってしまいました。衆ちゃんもすごくビックリしている。
そしてやっぱり「どうやって?」「どこから?」と質問攻め。おもしろいです。

さて、バスを乗り継いで到着したKIKIの家は、とても大きな集合住宅でした。



ベルを押す衆。


玄関を開けると、ゾニアとノアム(4歳息子)がお出迎え。
「マユコ、バスに乗ったんだって?」
「そうよ〜」
「ウンダバ!(ワンダフル!のドイツ語)」
「ふふ。ウンダバでしょ、すごいでしょう?」
ノアムが「マミー、なにがウンダバなの?」と聞いたみたいでゾニアが説明したら
ノアムまで「ウンダバーー!」と叫んでいました。完全に武勇伝なんだ。。

そこへKIKIがシャンパンを持って登場。「あっちで乾杯しようよ」。
ノブちゃんもお出迎えに来てくれました。ノブちゃんに会うまでなぜかマユりん
ノブちゃんを女性だと思っていた(ほんとなぜだろう)。でもノブちゃんは男性でした。
ノブちゃんママも「こんにちわ〜」と出てきてくれて、一通り挨拶を済ませ
そして全員でリビングへ。

KIKI。。。あなたはなんてすばらしいおうちに住んでるの??



一目見て「私もうここでいい」となぞのひとことをつぶやくマユりん。
※ここに住みたいという意味です。



KIKIとゾニアの寝室。モダンアジアン。
このベッドの左側には大きな中国製のタンスがあり、タンスの向かい側には
PCやキーボードがおいてありました。広いのなんのってもう。



ノアムの部屋。一人で寝れるそうです。きゃわいい。



そして廊下にはマユりんあこがれの「壁一面が本棚」。
ほんともう、ここでいい、私、自分にぴったりの家をみつけた。。
※まだ酔ってません。

みんなでシャンパンで乾杯。これがまたおいしいいいシャンパンで。うっとり。

ノブちゃんママは前日までノブちゃんとトルコ旅行へ行っていたそうで、
その話を大興奮でしてくれました。それがおもしろいのなんのって。
ノブちゃんママ、そういえば私の父と母とは何度も面識があり、飯田におもしろい
おばちゃんがいるってことを聞いていたような気がします。

私もバスに乗った話をしたりして、会場は一気に大盛り上がり。

キッチンに移って次はビール。
冷蔵庫いっぱいに入ったビール。さすがドイツです。



さて。今夜のディナーは昨晩も食べたあのおいしいドルネ。
KIKIがケータリングをオーダーしてくれて、衆ちゃんが受け取りに行ってくれて
テーブルいっぱいに広がりました。



サラダもいっぱい。ポテトもいっぱい。ドルネほんとにおいしい。
それぞれにつけて食べるディップもいちいちおいしくて、たくさん食べて
たくさんおしゃべりして、ずいぶんと長居をしてしまいました。

ノブちゃんとも、ノブちゃんママともすっかり仲良しになれたし、楽しかった。
みんな親戚なんだな〜と思うと、やっぱり不思議、でもとても幸せ。

気がつけば夜の2時。
明日はコンサート本番だからもう帰らなくちゃ。
私たちは出ないけどノブちゃんはカネマキコーラスとして歌います。

残された従兄弟組みはゲネプロからのお手伝い係り。
写真やビデオカメラで撮影したり、着替えのお手伝いなど盛りだくさん。
ぜんぶ完璧にこなさなくては。

酔ったまことをひきつれて、衆ちゃんがみっちゃんちまで送ってくれました(バス)。
衆ちゃんはそのままかずおじちゃん宅へ。

「おやすみ衆ちゃん、今日はありがとう」
と、ここで衆ちゃんのもっともかわいい日本語が。

「ゆっくり寝てね、明日またお迎えに来るよ」
「うん、わかった。待ってるね」
「じゃーねー」
「おやすみー」
「あしたまでに〜」
「(!!)あしたまでに〜」

多分、See you tomorrow の意味ですよね。う〜んかわいい!


そしてその翌日のコンサートは、一生忘れることのできない
感動的なものでした。もうマユりん泣きっぱなし!




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=ハンブルグ= 2日目。

※ハンブルグレポの続きです。長文ですYo。

前回「カネマキコア」についての説明を書くのを忘れてしまいました(汗)。

カネマキコアとは、かずおじちゃんが専属指揮者をしている男女混合の
合唱団の名前です。

かずおじちゃんはハンブルグで8個の合唱団の指揮者をしていますが、
カネマキコアはそのひとつ。この団体は過去に何度も日本を訪れていて、
その度に、風や、やはり私の父の音楽関係の合唱団やオーケストラとの
交流コンサートを開いています。現在風にいらっしゃるメンバーの数名の方も、
父との古い付き合いの中で、いろんな合唱団に所属している人が多く、
そのためカネマキコアとの交流ももう数十年になります。

風の方たちも何度か日本からハンブルグへ交流コンサートへ行っていて、
今回の訪独コンサートは3回目だったようです。
メンバーの皆さんはハンブルグではホテルに泊まる数日と、カネマキコアのメンバーの
家にホームステイする数日を訪独のたびに設けて、みなさんどのように会話されているのか
わかりませんが、とってもとっても仲良しで、中には親子のように接している家族も
いるとのこと。いいですね〜。カネマキコアの数名は私のこともしっかり覚えていてくれて、
「オオ〜マユコ〜」と再会を喜んでくれました。みんなとってもいい人たちです。


さあ。ハンブルグ1日目の続きです。

かずおじちゃんの家でおいしすぎる朝ごはんを食べた後は、「歌のあつまり 風」の
みなさんがコンサートのリハーサルおよび練習をするために集まっている教会へ
お手伝いへ行きます。みなさんが宿泊したホテルまでお迎えに行って、荷物を
分担して徒歩で教会へ。ホテルから教会までは10分程度の道のりでしたが、
なにしろ天気がよくて、またいろんな建物やお店が想像以上に「ヨーロッパ」
だったため、歩きながら風景を見たり、写真を撮ったりしながら楽しみました。



かずおじちゃんの60才のお誕生日を祝うコンサートが開催されると言うことを
ききつけた教会の関係者の方が、なんと無料で教会をリハーサルのために
貸してくれたそうです。なんて親切なんだろう。さらに、休憩時間などに
歌い手がコーヒーや紅茶などがすぐに飲めるように用意もしてくれていました。

まずは、訪独メンバーの自己紹介から始まりました。
「うたのあつまり 風」は、いつもはきまった定員で構成されている合唱団ですが、
こんかいの訪独のめに、日本の各地から父の知り合いの合唱団の中から数名が、
また、今は歌っていないけれど過去に訪独コンサートに参加したことがある人など
が個人で参加を希望して実際に訪独していました。

なので、「風」以外のメンバーもいたので、とりあえず全員で自己紹介。
私もまことも、自己紹介しました。私たち兄弟は合唱団のメンバーでもなく、
ましてやコンサートで歌うわけでもないのにお誘いをいただいたお礼と、
できることは何でもお手伝いするのでよろしくお願いします、といったことを
話しました。これからコンサートまでの数日間、風の方々は午前中だけが
フリータイム、お昼を食べた午後からはずっと練習、数日後には本番、
その翌日はカネマキコアとの親睦パーティーというスケジュールのため
私とまこととは、ほぼ一緒にいる機会がありません。でも、応援してます!
ということはしっかりと伝えることができました。

さて、ひととおりの挨拶を終えて、今回のコンサートのパンフレットが配られました。



かずおじちゃん60周年コンサート、というタイトル。立派。

リハーサルが始まったので、じゃあ出かけようかと言うことに。
ハンブルグの探索は、今回訪独に参加された風のメンバーの一人「林さん」という
女性の方が、一緒です。ある諸事情から彼女は今回のコンサートでは歌わない一人でした。
歌わないのは私とまことと林さんだけなので、この3人でフリータイムを過ごします。

私たち3人とみっちゃんは、教会を出て電車に乗ってでかけることに。
教会を出たところでKIKIから電話があり、KIKIが半休を取ってくれたから、
私たちを車でいろいろなところに連れて行ってくれることになりました。わーい。

KIKIと合流して、まず向かったところ。それは「アルスター湖」です。

ハンブルグの街中には「外アルスター湖」と「内アルスター湖」があります。
街の中に湖は人口の湖です。アルスター湖が作られた由来をKIKIが教えてくれました。
戦争中にできた湖で、いわゆる「お堀」の意味を持っています。

ハンブルグには「エルベ川」という海に続いている大きな川があるのですが、
その川をせき止めて作られた湖。大きな公園を横切って湖畔へ向かいます。



この日はとっても暑くなったのですが、この公園に入った途端、ものすごく気持ちのいい
風がふいてきました。水があるってすばらしい!



多くの人たちが、初夏の陽気の中でリラックス。
ハンブルグは雨の多い街で、3日と続けて晴れることはないと言われています。
実際、私たちが到着する前日までは、真冬の寒さで、マフラーコート必須、
そして大雨が何日も続いていたそうです、が、そんなこと言われても信じられないような
快晴ぶり。この天気だもの。私たちが求めるものは、もちろんこれ。



右は、まことがオーダーした「黒ビール」。まことはこれをとても楽しみにしていたそうです。
そして左がわたしの。これ、ただのビールじゃないんです。
これは「アルスター・バッサー」という飲み物。直訳すると「アルスター湖の水」です。

私が「ガイドブックに書いてあったんだけど、アルスターバッサーを飲んでみたいの」
といったらKIKIが、グラスさえあればアルスター湖の水をくんできてあげるよ、
とオヤジギャグを言ったのですが、あははははと流し、実際にオーダーしました。

アルスターバッサーとは、ビールをレモネードで割った飲み物です。
ビールが苦手な人でも飲めるらしく、甘くてほろ苦い味がします。
ビール大好きな私もおいしく飲みました。ほんとにおいしい。昼間に飲むには
このアルスターバッサーがぴったり。

5人で湖を眺めながら、ゆっくりとした時間をすごしました。



ボートの練習をしていたり、観光船が通り過ぎたり。泳いでいる人もいたよ。



だけどだけど、このおじさんが一番気持ちよさそう!

さて、次に向かうは歴史的建造物のひとつです。



見えてきた見えてきた。あの黒い塔へ行きます。



「聖ニコライ教会」です。

聖ニコライ教会は、ハンブルクの4つの主要な中世の教会の一つ。
1842年のハンブルクの大火により、3つの内陣を持つ煉瓦造りの教会は破壊されて
しまいましたがその後再建され、1874年には145mの塔のある教会となりました。

ところが第2次世界大戦時の空襲により、この教会は再び廃墟となってしまいます。
戦後破損した塔はある程度修復されましたが、現在は焼けた塔としてモニュメント
になっています。

そして、なんと登れます。



エレベーターで一気に上へ!



すばらいい眺め。窓ガラスがないので気持ちのいい風が入ってきます。
この写真中央に見える緑色の屋根の建物は、ハンブルグの市庁舎で、
後日見学に訪れる予定になっています。

次は街へ。KIKIが東京の歌舞伎町のような街へ案内してくれました。
いろんなお店があり、風俗もたくさんあり、「世界で最も罪深い1マイル」として有名な
繁華街です。男性しか入ることのできない路地があったり、大きな警察署があったり。

歩いたらおなかがすいたので、買い食い買い食い。



街中にあったお店でこれを。



ヴルスト。ソーセージです。すごく長いの。



たっぷりとマスタードをつけて。おやつには食べきれないほどの長さでした。味はもちろん◎。

次は、エルベ川へ。
Wikiによると、「チェコ北部およびドイツ東部を流れ北海へと注ぐ国際河川である。
全長約1,091kmはヨーロッパでは14番目に長く、このうち727kmがドイツ国内を占める。」
とのこと。海につながっています。ハンブルグはドイツの中では首都ベルリンに次ぐ大都市で
唯一の港湾都市だそうです。運河と湖があるためヨーロッパ一の橋の多さ。
あのヴェネチアよりも橋は多いそうです。



このアルベ川の地下を通って対岸へいけます。交通手段は車でも自転車でも徒歩でも
大丈夫。



こうやって、エレベータがあり、川の下へ降り、対岸までは、



このトンネルを通っていきます。トンネルは2本あり、あっちから来る車用と
こっちから向かう車用、そして徒歩の人や自転車の人も同時に利用ができる
システムになっています。涼しくて気持ちのいいトンネルでした。



対岸へでましたー。もう夕方でしたがまだ気温が高く、私たちは堤防に座って景色を
眺めながらおしゃべりできました。大きな船がドックへ入るのも見れました。



さっきいったニコライ教会も見える。

1時間以上そうやって、景色を見てまったりと。とってもいい感じ。

そして暗くなる前にもう一度トンネルをくぐって、戻りました。



さて、今日のディナーは練習を終えた風のみなさんたちと全員で食べます。
エルベ川のほとりにあるレストラン、「SoupCity」で夜風に吹かれながらのディナー。

私はドイツを代表するスープ「グーラッシュ」を選びました。
トマトベースにパプリカの味がきいた一品。ドイツではスープ(ズッペと発音します)は
飲むものではなく「食べる」もの。しっかりと夜ご飯なのです。野菜もゴロゴロ入っていて
かなりおなかいっぱいになります。



おいしかった。



すっかり夕暮れ。
この後は、風のみなさんと船を1隻チャーターして、ナイトクルージングへ。
夜のエルベ川を1時間半かけてまわります。

おそらくいつもは船長さんがマイクを使って船に乗ったお客さんに案内をするのでしょう。
でも今回はみっちゃんが船長にかわって、私たちにガイドをしてくれました。

船長さんからドイツ語でガイド内容を聞きながら、日本語に訳して説明してくれました。
でも・・・風のみなさんは、文字通り船を漕ぎ出し(笑)、多くの人が寝てしまいました。

でもそうですよね、時差ぼけもあるのにお昼からみっちり練習〜、夜ゴハンを食べたら
眠くなるところに、1時間半座っていられて風がふいてきちゃったらもう、最後。
ストンと落ちないほうがおかしい。私とまことはみっちゃんのガイドと、美しい夜景に
魅せられてしまったので、眠ることなんかできず。ナイトクルーズを堪能しました。

1時間半のクルージングを終えて、解散。今日もみっちゃんちに泊まれる私たちを
かずおじちゃんが車で送ってくれました。途中、やっぱりスープだけでは小腹がすいたね
とみっちゃんと話していたら、みっちゃんがお勧めのファーストフードがあるよ、ドーネだよ
と言い出し、ドーネってなんだろう、その響きだけでもうおいしそう、食べてみたい、
絶対に食べたい今夜!と意気込んでつていったそこは、ドネル・ケバブのお店でした。

ドネル、それはご存知トルコ料理のひとつ。
ミルクやスパイスに漬け込んで焼いたお肉を削いで、レタスやトマトと
サワークリームなどをトッピングしたおいしいおいしいアレ。
みっちゃんお勧めのお店ではお肉は、羊や牛、鶏肉が選べました。

私はチキンを。まことは牛を。ひとつがものすごい大きいとの事だったので
私はハーフサイズ。(写真撮りませんでした。こちらで一般的なものが見れます。)

既に時刻は深夜25時。みっちゃんちに送り届けてもらってから、まことと2人で
ビールを飲みながらドルネサンドを食べて、シャワーを浴びてから眠りました。

ハンブルグは、滞在1日目にしながら既に「住みたい!」と思わせる魅力たっぷりの
街でした。ヨーロッパって町が本当にきれい。全体的に集合住宅が多いのだけど、
「アパート」と一言でいってもレンガですごくいい建物だし、普通の家だってかわいい。

外に洗濯物を干す習慣がないからなのか、ベランダは色とりどりの花で飾られ、
そのどれもがセンス抜群。教会や歴史的建造物も多くみられ、またホテルや
デーパートなども美術館かと思うくらい、素敵なたたずまい。

そしてなんといっても湖があること、川があること、それだけで大都会の中にいながら
にして、オアシスという恩恵も。すばらしすぎる。

そしてなんといっても、犬たちにとってそれはもうすごくいい環境なんです。
まず、電車に乗っていい。これすなわち、職場にも連れて行かれるわけですよ。
また、スーパーやその他お店にも犬も入れて、しつけがしっかりしているようで
みんな床に「ふせ」の状態でおりこうに待っているの。

人間もペットもストレスフリーな生活があるんだよー。犬が嫌いな人には困ったこと
かもしれないけれど、それが当たり前の習慣になっていれば譲り合うことなどが
成立するのだろうな〜と思いました。私も風たんを連れて仕事に行きたいと
思うこと多々あり。そんなことが叶う街ハンブルグ。引っ越したい。

さて!
明日の2日目は、林さんとまことと3人でショッピングをしてから市庁舎へ行きます。
市庁舎もすばらしいところでした。


そして、夜には思いがけない出会いが待っていたのです!乞うご期待!!

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=ハンブルグ= 旅立ち〜翌日の朝まで

出発の日。 2009年9月7日です。
日本時間朝5時に自宅を出て、バスで成田まで。

私のスーツケースは、従兄弟たちへのお土産でパンパン。
それに加え、ハンブルグは既に冬の寒さと聞いていたので、
かさばる冬物でおもたーい荷物に。持ち上げるだけでせいいっぱい。

バス停まではジョリちゃんがお見送りしてくれました。
今回ジョリちゃんたちはお留守番なのでした。

バスに乗ってジョリちゃんに手をふり、行ってきまーす!

バスの中で仮眠をとっていたらあっという間に到着。
成田では、「歌のあつまり 風(以後 風と書きます)」の方々と合流です。

なんせ40人以上の大所帯のため、あらかじめたっぷりと時間を用意。
きっとグダグダのゴテゴテのハプニング続出かと覚悟していましたが、
予想に反し、無事全員がすんなり集合。

私の家族4人が近くの席に座れるようチェックインを済ませ、
まこととコーヒーを飲んでゆったりすごしました。

私は外国に行くとき、成田で必ず「京樽のばってら押し寿司」を買います。
※ジョリちゃんと一緒じゃないとき。なぜならジョリちゃんはお寿司が嫌い。

今回も退屈な機内でのお楽しみをひとつでも増やすためにばってらを購入。
それから、おいしいクロワッサンも買いました。あとで家族で食べるのだ!

さて、時間になったので飛行機に乗り込み、フィンランドのヘルシンキ経由で
ハンブルグへと旅立ちます。ヘルシンキまでは約10時間。長い。。。

父と母、私とまことが窓際の前後2列になるようにチェックインしたので、
あれこれおしゃべりしたり、眠ったり、映画を見たり本を読んだり、
ばってらを食べたり、クロワッサンを食べたり、ワインを飲んだりしながら
長いフライトを乗り切り、ヘルシンキに到着。

空港内を(ムーミンや、マリメッコのお店がたくさんあるので楽しみだった)探索。
早くも帰りに買うものなどを物色。空港は楽しいな〜。

そして私は見つけてしまいました。
フィンランドならではのもの。

それは、「トナカイのお肉」のジャーキー!
母と2人で、食べてみる?どうする?と盛り上がりましたが、結局食べず。
大きくて黒くて固そうだったのと、意外といいお値段だったのです。

機内で色々食べておなかいっぱいだったしね。

乗り換えの飛行機の準備ができたので、また飛行機に乗り込み、
今度はハンブルグまで2時間。10時間に比べたらあっという間です。

またもやちょっと眠っている間に到着しました!

荷物を受け取って、外に出ると!



かずおじちゃんやさえこおばちゃんやみっちゃん、のみならず、
かずおじちゃんが指揮者をしている「カネマキコア」の面々がずらりと
お出迎え!※カネマキコアについては後ほど解説あり。

ロビーを占拠したかのような人数で、カネマキコアからの大歓迎のセレモニー。
なんと一人一人にリボン付きのプレゼントが用意されていて、中にはハンブルグ
市内の地図や観光スポットの紹介文(しかも日本語)、電車の路線図や、
そのほか色々役に立ちそうなものとか、かわいいバッジなどが配られました。

また、一人一人と熱い「ハグ」を交わす必要がある文化なので、それはそれはもう
既にパーティーでした。KIKIとKIKIの家族もいて、私はゾニアとノアムとの初対面を
果たせて大感激。KIKIとの再会だって、10年ぶりくらいだったのです。

日本の自宅を出てから20時間近く経っているのに、この瞬間にもう
疲れなんか吹っ飛んでしまいました。

1時間くらいかけて歓迎を受け、みっちゃんが用意してくれた大きなバンに
全員のスーツケースを積み込んで、身軽になった私たちは、
ハンブルグの地下鉄に乗って、風のみなさんが宿泊するホテルへと移動。



地下鉄と言っても途中途中外を走るので、街が見えるのですが
既に夕方を過ぎて暗くなっていたため、景色はあまり見えず。

だけど、かずおじちゃんたちとのおしゃべりのほうがダイジだったので
ここからは、自分たちがなんていう電車に乗っていて、どの駅で降りて、
どうやってホテルまでたどり着いたか覚えていません。

とにかく気がついたらホテルの前にいて、風のみなさんがチェックインしている
間に、ホテルの前にあったレストランのパティオにいて、
私はまこととKIKIと、みっちゃんとそして、おばあちゃんといっしょに
ビールを飲んでいました。



マユりん、おばあちゃんを手荷物に入れて連れてきました。
この写真を見て昔からおばあちゃんのことを知っている「ウラ」という
ドイツ人の女性が泣いていました。おばあちゃんはみんなから愛されていたの。

しばらくするとチェックインを済ませた風のメンバーが一人一人と増えていき、
パティオはあっちこっちで乾杯が始まり、自然と風とカネマキコアの親睦会が
始まっていました。カネマキコアの人たちがおばあちゃんの写真にキスをしに来たり、
私たちにビールを持ってきてくれたり、その度に私とKIKIとみっちゃんは
嬉しくなって抱き合ったり、ちょっぴり淋しくなったりしながら、ハンブルグでの
夜を楽しみました。

その後本格的にお店の中で宴会開始。
このお店は(後で知ったのだけど)、アインシュタインという名前のお店で
特にドイツ料理に特化したお店ではなかったのだけど、ピザやパスタやフライドポテト
など、たくさんのお料理を食べてビールをいっぱい飲んで、ものすごく楽しかったです。

ひとり、またひとりと体力を消耗した人々がホテルへ帰っていく中、
最後は私たち親戚メンバーだけで、改めて乾杯したのでした。

私たち家族には体力にも気力にも限界などなく、何度でも再会を喜ぶために
乾杯をして、抱き合って(日本人同士でもそうやって楽しめるのね)、
本当に感動的だったー。

それでも明日からまたスケジュールが詰まっていたので、帰ろうかということになって
やっと解散。ハンブルグ時間で夜の1時でした。

父とは母ホテルに泊まるのですが、私とまことの宿泊は、みっちゃんが
一人暮らしをしているアパートを2人だけでリラックスして過ごせるように
貸し出し提供してくれたので、みっちゃんの運転でアパートへ。







※ほぼIKEAの製品でそろえられた家具や食器、キッチングッズなど。
こんなおしゃれな一人暮らし、ほんとうにうらやましいぞ〜〜!

みっちゃんが特別に用意してくれた冷たいビールで再び乾杯。

みっちゃんが、明日は9時に迎えに来るから、かずおじちゃんちで
朝ごはんをみんなで食べようね、といってかずおじちゃん宅へ帰っていきました。

シャワーを浴びて、3時ごろやっと就寝しました。
長い一日だったけれど、すごくすごく満たされた夜でした。

あっという間に朝が来て、そして!



快晴!

窓を開けてみると、冬の寒さと聞いていたはずなのに、
日差しが暑いくらいでした。あわてて半そでに着替えて
コーヒーを飲みながらみっちゃんのお迎えを待ち、遊ぶ準備万端で待機。

そこにみっちゃんから電話(携帯電話を借りていました)。

「グーテンモルゲン(おはよう)、みっちゃん!」
「グーテンモルゲン、まゆちゃん!よく眠れた?あと10分で迎えに行くよ」

という会話で始まる朝。幸せ。

さて、みっちゃんが到着したのでまことと3人で出発です。
かずおじちゃんの家は、「アルトナ」というハンブルグの中心にある駅の
近くで、途中さえこおばちゃんに頼まれた朝ごはん用のパンを買うために、
パン屋さんへよりました。




ずらりと並ぶパンの中から、みっちゃんお勧めのパンを購入し、
いざかずお宅へ。



かずおじちゃんの家があるアパートメント。2階の右側が全部おじちゃんち。



まずはさえこおばちゃんがかわいがっているにゃんこにご挨拶。
グーテンモルゲン!
※この写真は1匹ですが、もう一匹飼ってます。

そして、朝ごはんですよーと呼ばれてリビングに行くと、



わーわーーわーーーーわーーーーー。

この後、おいしすぎるレバーペーストやハムやチーズやサラダを
買ってきたパンといっしょにたくさん食べました。

かずおじちゃんが「疲れたでしょう?」と心配してくれたけれど、
いいえ、全然疲れてなんかいません、滞在日数が短いのだから
疲れてなんかいられません、不思議と。まことも同意見。

私たちに疲れているヒマなんかないよー、と言ったら笑って「そうだよな〜」
と言ってました。今日はこれから、風のみなさんがコンサートのリハーサルを
する会場である教会へ行って、リハーサルの準備のお手伝いなどをこなすのです。

午後はKIKIが半休を取ってくれたので、私とまことを観光に連れて行ってくれる
というスケジュール。ゴハンをゆっくりと食べて、さて出発です。

いよいよ、ハンブルグ1日目がはじまりました!


※ハンブルグと日本の時差は、7時間(この時期はまだサマータイム)。
ハンブルグのほうが7時間遅いのです。時差ぼけ必須、でもそんなこと言ってられん!

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ハンブルグの旅レポ =登場人物編=

ハンブルグレポを書いてみようという気持ちになってきました。

やっとこさっとこで、すみません。

 

ハンブルグレポを書くにあたっては、旅立ち前の私自身の気持ちと、

帰国後の気持ちに思いがけない変化があったことと、それの整理と

レポに必要な前置き説明、登場人物の多さなどから、

なんとなく手をつけにくい気分でしたが、
もうそんなのどうでもいいや、

とにかく書いてしまおうという気持ちに切り替わったので、

まあ書いてみようと思います。

 

とりあえず、主な登場人物を紹介します。まずは親戚筋から。

 

・かずおじちゃん (ハンブルグ在住)
この旅で最も重要なひとり。私の父の末弟で御年60歳。
25歳のとき、ホルンの勉強をしにひとりドイツに渡り、
その後、紆余曲折の末
指揮者に転向。本名「和生」
現在ハンブルグで8つのコーラスグループを持っている。

 

・さえこおばちゃん (ハンブルグ在住)
かずおじちゃんの妻。
かずおじちゃんとはハンブルグで知り合いその後結婚。

明るく楽しくとにかく優しい。男子3人を育てたので
女子である私のことをとてもかわいがってくれる。
お料理上手。テーブルコーディネートもセンス抜群。

KIKI  (ハンブルグ在住) 
和生家の長男。現在は結婚し、ゾニア()とノアム(4歳・男子)と、
日本人の居候と豪華な集合住宅に暮らす。本名「清貴」

 

・みっちゃん  (ハンブルグ在住 一人暮らし)
和生家の次男。ハンブルグ生まれ。まもなく三十路突入。

日本に1年間留学していたので日本語はもうずいぶんお達者。
ギャグも通じるし日本語のメールなどもほぼミスなく打てる。
納豆大好き好青年。コンサートでは司会もこなす。
最近7キロダイエットに成功。
現在、通訳や洋服やでのバイトをしながら卒論製作に追われる大学生。
本名「光生」

 

・しゅうちゃん 
和生家の三男。ハンブルグ生まれ。24歳。

現在はハンブルグから電車で4時間の「デュッセルドルフ」に在住。

中央駅の中にあるフードコートを取りまとめる責任者(マネージャー)

をしている。
3LDKにひとりで住んでいるらしく「いつでも遊びに来てね」

と言ってくれた。両親が日本人なのでそれなりに日本語は理解するが、

日本語の文字は読めない(自称)。不思議なことにハーフのような顔立ち。
時々ものすご〜くかわいい日本語を発する。本名「衆」

 

・NOBU  
KIKIの家の居候。日本人。出身は長野県の飯田市。
8年前くらいにハンブルグに住み着き、ドイツ語の勉強をし

今はハンブルグの郊外の企業で働く努力家の青年。

のぶはKIKIの従兄弟なので私にとっては従兄弟の従兄弟。

そんな関係の人に初めて会ったのでかなり感動しました。

ハンブルグ滞在中はほぼ毎日一緒に過ごし、いっぱい遊んでくれた。

具体的な年齢は忘れたけれど、30代前半だった気がする。
この人もとてつもなくやさしい。もうすっかり仲良しになりました。

 

・はまさん
私のおばあちゃん。長い戦いの末、今年1月末に大きな虹の橋を
一人で渡って、
今は天国で晴れて自由の身。
天国ではいろんな人が待っていていてくれたので、
その人たちと一緒においしいものと大好きな歌で毎日幸せ。
横浜
生まれなので「濱江」という名前。享年98歳。6人の子を産んだ。
※かずおじちゃんは濱江の末っ子。

子供の頃好き嫌いが多かった私に「食べる」喜びを教えてくれた人。
 

・真一郎 
私の父。76歳。今は小さなオペラ座の製作として働いているが、
彼も人生全般において音楽漬け。「歌のあつまり 風」という合唱団で
専属指揮者をしている。
食べることと飲むこととしゃべることが大好き。
声が大きくちょっぴりふとっちょ。

私が学生だった頃のお弁当は毎日彼が作ってくれたくらいの
料理上手。でも創作が多いため、評判は様々。
 

・由規子 
私の母。年齢不詳の次女気質。まぎれもなく計算なしの天然で楽天家。
私が生まれた時からずっとピアノ講師と色んな大学の非常勤講師。
大学では音楽史を教えている。とにかくずっと働くお母さんなので、
料理などの家事が
比較的苦手。でも時々気まぐれに作るお料理が
とってもおいしい。
過去にはかずおじちゃんの家庭教師をしていた経歴がある。
だからなのかかずおじちゃんとは一番の仲良し。
母も「歌のあつまり 風」のメンバー。
テノールでハキハキと歌ってます。

 

・まこと
私の弟。36歳。家族の誰にも似ずノリが非常に軽い。
酒には常に飲まれるタイプ。でも周りの人にとても親切で、
驚くほど素直。
今回一緒に旅をして、毎日毎日一緒にいたのだが、「いい子に育ったな〜」と思わされる場面多々あり。
ムードメーカー。そして何事も深く考えていない。
異端児だけあって、なぜかここだけうまく改行されない。
てへ。


 
以上が主な登場人物です。
でも実はこのほかに「歌の集まり 風」のみなさんと一緒にハンブルグへ

行きました。


今回の訪独最大の目的は、ハンブルグで開催されるかずおじちゃんの
60(つまり還暦ね♪)のお祝いコンサートに、
「歌のあつまり 風」がゲスト出演するというものでした。

そこに私とまことが便乗した形だったのです。

総勢46人の大所帯。

それでは次回、ついにマユりんの北ドイツ・ハンブルグ滞在の

内容をお伝えします★  お楽しみに!

 


       みーんな親戚。ビバ!ファミリー★★★ 

author: category:ハンブルグ
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