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サプライズあり。

火曜日の朝。
携帯に届いていたたくさんのメールでひと泣き完了→その後出勤。
今日までの一年間、とっても健康でした。風邪もひかず。




お祝いディナーはサーロインステーキ。
ジョリシェフ「電子レンジでやってから炒めるの?」とレシピを聞いて作ってくれた
新ジャガのソテーがホクホク。



ゴハンのあと。ソファーで風ちゃんと遊んでいたら、寝室の方から声が。

「まゆさ〜ん、メインディっシュだよ〜」といって出てきたのはこれ。

寝室の、出窓の、カーテンの向こうに隠していたとのこと。
さすが、サプライズ好きなシェフ。やりますな。

今年もお誕生日、ありがとう。

author: category:よろこび
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冬から春へ。



日の入りが、17時を過ぎた今日この頃。

この写真は1月17日の17:34に自宅ベランダから撮影したもの。
西の空が、この時間でこんなにまだ明るいなんて。

そして、この日はこんなに細い、おわん型の三日月。かわいかった。

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そろそろ花粉のシーズンが始まります。

author: category:湘南ライフ
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風たんのお散歩。

最近、お休みの日中は毎日海。

我が家は団地に囲まれたマンションで、家→団地の中の陽だまり道路(車が少ない)
→公園の脇→テクテクのぼるとだんだん海が見えてくる歩道橋→海!→砂浜
というコースで風たんとお散歩。

海についたらリードを離して自由自在に好きなところへ。
全速力で走り周り、砂を掘り、水鳥を追いかけ、波を避け。

つかず離れずが好きな風たんは、果てしなく広い砂浜の自由な空間を
好きなように移動するけれど、私の姿が見えないところには絶対に行かないので
私も自由に歩いています。

小さな流木を投げてあげるとピューっと走ってそれを取ってきて
もう一回投げてと催促・・・せず。得意げにくわえたまま歩いたり、
走りながら落としてはまた拾いに戻ったりしています。

大きな流木もあり、そこが私の休憩所。
この間、どんなに自由を堪能している風たんを記録に残そうと思って
動画を撮ったのだけど、海風と私が鼻をすする音ばっかり入っていました(笑)

帰りは砂浜(を出るときにリードを持つ)→公園→水飲み場→スーパー→自宅。
というコース。こうやって遊んでいると2時間〜4時間はあっという間。

途中たいてい同じ場所でウ○チ、いろんな場所でチーをする風たん。
ウ○チって、同じ場所っていうのが落ち着くのかもしれないね〜。
この間は途中で4回もして、お散歩バッグがずっしり重たくなりました。
400グラムくらいあったかもしれない。いっぱいしたね〜。

※ちなみに家でもモリモリします。でもやっぱり外でするのが気持ちがいいよね。

さて、このお散歩には時々ちいちゃんも参加。

お産間近の検診で、午前と午後の散歩を指導されたちいちゃん。
風たんとの散歩の距離、時間などちがょうどいいのか、
大きなおなかをすりすりしながら付き合ってくれます。

私たちも色々おしゃべりできて楽しいしね。
ちいちゃんもおなかの赤ちゃんと一緒に散歩している気分になってくれて、
早く会いたい一心でがんばっているのだろうと思います。

ほんとに今にも産まれそうなんだから。予定日まであと5日。
毎晩1時間おきに目が覚めているそうです。ほんといよいよだ。
今日もこれから一緒に行ってきます♪

author: category:風(ふう)
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謹賀新年。

2010年、あけました!

元旦の朝は、寒い寒いといいながらベランダに出てコーヒーを飲みながら
雪の冠姿がみごとな富士山を眺めました(写真なし)。

毎年、なんとなく年末年始は実感がない状態です。
晦日、大晦日、元旦、2日となんとな〜く過ぎていきます。

でも何事も雰囲気だけは楽しむマユりんにとっては楽しいことはいっぱい。

年末の30日は、ちいちゃん宅で忘年会を開催しました。
マダム夫妻、エミたん夫妻、ちい夫妻、ちいちゃんのお母さん、妹のさよちゃん
弟のタカちゃん(10分ほどしかいなかったけど)と共に1年をねぎらい、
総勢11人ですき焼きを食べながらワイワイ楽しく過ごしました。

翌日は、ちい夫妻が来訪。紅白や魔裟斗引退試合を行ったりきたりしながら
飲んだりしゃべったりしながら、新年を迎えました。
今年赤ちゃんが生まれるちいちゃん。もうおなかはポンポコリンをとおりすぎて
パ〜〜〜〜ンパンな状態。
赤ちゃんに、早く会いたいね!元気な赤ちゃんを産んでね!

そして元旦はジョリちゃんの実家へ行きました。風たんも一緒。
風たんは、キャンプ以外でお泊りは初めてです。
どこでも元気な風たんだけど、落ち着く場所もほしいかなと思って
ハウスとベッドを一式持って行きました。これが大正解。

リビングでは、実家の先住犬「タケちゃん」と新顔の「アイちゃん」を追いかけたり
遠くから見つめたりしていましたが、私たちの寝室になるお部屋へ行くと
まったく落ち着かず怖がっていたのでベッドの設置をしてあげたらスポっと入り
出てきませんでした。実は風たん、とってもビビリ犬なんです、慣れるまでは。



もう帰りたい・・・。といった感じでした。
よく眠っていたけれど、夜中にお水を上げたらゴクゴク飲んでました。
緊張してるのかな〜。

2日はお義母さんと初売りへ。ブーツが安かったので買いました。またブーツ。
玄関がブーツばっかりでジョリちゃんが「邪魔だ」とブツブツ怒ってるんですけど、
しょうがないよね。冬なんだもん・・・ごめんよ。

そして今朝はお正月の風物詩、箱根駅伝を我が家から。
毎年我が家の前を走っていきます。
時々我が家の建物がテレビに写るので、洗濯物を外に干せず。
通り過ぎるまで家の中にしまっておきました。

来た来た。



あわててベランダに出たら、もう第三中継車だった。。。




北側の窓から見た感じ。



風たんもジッと見てます(旗を振る人々を)。

去年は、マダムたちが参戦に来てくれましたが、今年は風たんと2人で観戦。
ジョリちゃんは今日からお仕事。がんばってね!

2010年、家族が健康で楽しく暮らせますように。
今年もおいしい毎日をよろしくお願いします!

author: category:ごあいさつ
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2009年。

※この日記の後半あたりは風たんのことばっかり書いています。
更に長文です。
ワンコのことが苦手な方はどうぞスルーしてくださいね。

それからVitz君へ。「そら」の参考になるといいなと思って
途中からだけど少し細かく書いています。
何か困ったことや、知りたいことがあったら
遠慮せずにいつでもメールください。

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2009年。

今年も色々ありました。

1月。
ジョリちゃんのお誕生日をお祝い。
そして、2年以上にわたり危篤と生還の間を何度も行ったりきたりしていた
おばあちゃんがついに、29日の夜、虹の橋を渡って行ってしまった。

2月。
マユりんのお誕生日の夜はおばあちゃんのお通夜だった。
お通夜の夜は翌日の告別式のために親戚全員で斎場に泊まり、
夜は従兄弟だけで外にのみに行き、まこととそのほかの従兄弟たちと
飲んだり笑ったり言い合いしたりしながら終わっていった。

当日はジョリちゃんだけが「お誕生日おめでとう」と言ってくれて、「うん」と言った
記憶がある。母たちもそれどころではなかったので、数日後になって
「そういえば真由子、お誕生日だったわね」と言ってくれた程度。
まあいいんだけど、ほんとにそんなこと。
私はおばあちゃんの死については、おばあちゃんに98年の人生の締めくくりが
訪れたことを、悲しむよりも晴々しく見送りたいという気持ちが強すぎて、
私だけ妙に明るく浮いていた気がする、今思うと。そしてそれは9月になって
振り子が戻ってくるように心にドカーンと大きなダメージとなって返ってきた。


3月。
いつもこの時期は花粉に突入なのでマユりんはいわば冬眠時期。
お酒を飲みに行くこともなく、会社→家→会社→家とわりと優等生。

今年はこの頃から犬を迎え入れることが本格的に話し合われるように。
ペットショップを渡り歩く日々。ペットショップにはもちろんかわいい、かわいずぎる
ワンコたちが多数いるけれど、私の中の勝手なルールを作り、「ビビビッ」と感じない
かぎり抱っこはしないという精神にのっとり(笑)、出会いなし。しかし「ビビビッ」を
今まで感じたことが一回もないので「ビビビッ」がどういうものかわからず。
本当に私が「ビビビッ」を感じたことがないのかさえもわからず。
まあでも、抱っこに至らないということはそういうことだろうと一人納得しつつも、
ペットショップめぐりは続いた。

4月。
前々から気にしていた「千葉ワン」という動物保護団体の催しが湘南にて
開催。ちいちゃんやエミたんと「ちょっと見に行ってみようよ」という軽い気持で、
でも「出会っちゃったらどうする〜」という楽しい期待の入り混じった感じで現地へ。
どんなものかとおもったけれど、多数のワンコたちを見た瞬間、心に変化が。

犬を「買う」という選択肢がスーっとなくなり、そうだ!保護だ!
私は保護犬一本に絞るという決意が1秒ほどで固まる。
戯れたワンコたちの中に一匹だけ「この子は?」という存在がいて、
はじめてその時小さな「ビビっ」を感じた。
これだ、今後これの大きいのがあるはず。と確信。
その子は多数の他家族が既に引取りを申し込んでいたため断念。

ペットショップめぐりをぷっつりとやめ、その後数箇所の保護団体の
里親募集イベントに参加。でも出会いには結びつかず。ビビビなし。

月中。ジョリちゃんと千葉の柏にある別の保護団体「ライフボート」へ見学へ。
シェルター内のたくさんの檻をでひときわおとなしい小さな茶色い子犬と目が合う。
多数の檻の中から「ワンワンワンワン(抱いて〜私を抱いて〜)」と鳴きさけぶ
子犬たちをひととおり見つつもその子を横目でチェッキング。鳴かない。

シェルターの担当者は「色んな子を見てください」というが、
どうも気になって仕方がない。言われたとおり色んな子を見るも、
もちろんどの子もかわいさ爆発だけれども、心はもう決まっていた。

早々に最初の檻に戻り「この子を抱っこさせてください」と申し出。
小さく震える暖かいその子を抱く。

大きな大きな「ビビビッ」が、まさに「ビビビッ」の大波が、後から後から押し寄せ、
その後も薦められるままに他の子を抱いていても
マユりんは心ここにあらず状態。最後にもう一度その子を抱いて、
「この子を連れて帰ります」と申し出た。ジョリちゃんが何度も「この子でいいの?」
と繰り返し私に確認。何度も大きくうなずく私。

そう、それが現在の「風たん」との出会い。

保護犬を引き取る条件として、避妊手術が終わってからでないと連れて帰れない
運命のため、まだ生後2ヶ月のおなかにメスを入れると聞いてちょっと心が痛む。
一日も早く連れて帰って一緒の暮らしを始めたかったので、お願いして一旦帰宅。
シェルターの専属獣医(団体の代表者)が早々にオペをして経過を見て連絡するとのこと。

犬を迎え入れるための家の中のハード部分と、グッズなどのソフト部分を揃え、
準備だけは万端。


5月。
しかし一向に「お迎えにきてください」の連絡が入らず、ワナワナする日々。
ジョリちゃんに何度目かの「電話してみて」のお願いの末、電話してもらえた。
※私は万が一「術後の状態があまりよくありません」とか、それ以上の怖いことを
想像してしまうとどうしても自分では電話できず。

予想に反して「術後の経過は順調です、お迎えに来ていいですよ」との返事をもらい、
その翌日、さっそくお迎えにいくために車を走らせる。

事務手続きも終え、帰宅。帰宅後はまずジョリちゃんの靴下で子犬らしく遊び、
私たちが行くところすべてにテコテコとついてきてはコテンと転び、
まとわりついたり、犬ベッドでスースーと眠ったり、いちいちかわいい。
これから約15年、ずっと一緒に楽しく暮らそうね!と何度も目で、言葉で伝える。

マユりんがついに小さくはかない命を育てる「母」となった日、それは5月3日。
四足で、シッポつきで、一生しゃべれるようにはならないし学校も行かないし、
もちろん卒業もしないし、孫も産まないし、人間と比較したら短命だけれど、
「私が産んだ」も同然の気持ちを痛感する。

引き取り時の風たんの体重:3.1キロ。
生年月日は2009年2月中旬とのこと(捨て犬だったのでシェルターの推定)
私たちで勝手にお誕生日を2/14日に決める。
私たちの結婚記念日と同じに設定した。

そして同時に、ジョリちゃんが私の2番目に降格。ふふ。ご愁傷様〜。

6月。
トイレトレーニングを除けば、風たんは順調に育ち体重もどんどん増える。
見込んだとおり、無駄吠えもせず私たちはほとんど風たんの声を聞くことがない。
たまにあくびしながら漏れてしまう声と、「お散歩に行くのね?」とわかってから
準備をしている間に「ウォーン」という遠吠え程度。立派なマンション犬です。

2回目ワクチン完了。翌月に3回目ワクチンを終えて2週間経てば、お散歩も
できるようになるとのことで、それまで毎日抱っこの散歩が続く。
風たんはトイレに慣れず、試行錯誤を繰り返すも成功率は一向に高まらず。

6月9日、ついに3回目ワクチン終了!体重5.4キロ。

そしてその数日後、ついに散歩ビュー。
それまでは抱っこ、自転車のかご、芝生の上に敷いたフリースの上が
外にいるときの風たんのすべてだったが、ついについに、自力で歩くように。
最初はアスファルトも、芝生も、砂浜も怖がり歩けず。
でも焦らず少しずつ慣れさせていくしかない。

だんだんトイレが上手になってきて、成功率が高くなる。
とにかく「上手にできたら褒めてもらえる、おやつをもらえる」という認識を植えつけて
ほしい私たちの苦労が報われて、フェイクまでするように成長。
※フェイク:トイレに乗っただけでなにもしていないのに「したよ!」と報告にくるように
なってきたこと。ウソとわかっていても、本当にトイレシートが汚れていなくても
「おりこう〜!」といっておやつをあげることが必要。
ちなみに失敗したときは怒ったりせず、ひたすら無視すること。飼い犬にとって
飼い主から無視されること、目をあわせてもらえないこと、なでてもらえない事が
一番悲しいこととのことで、でもそれらをしないことは私にとってもとても辛い。

7月。
散歩にも慣れ、帰り道も覚えるようになるまでに成長。
砂浜の散歩で目に細菌が入り、病院へ。目薬の日々。すぐに直った。
この頃からちょっとずつキャベツを食べるように。ドッグフード以外で
与えたのはキャベツがはじめて。

車に弱い(乗ると吐く)風を慣らすために、一日5〜10分のドライブ訓練開始。
我が家はキャンプ大好きなので風たんにも車に慣れてもらわないと。
車に乗る→楽しいところに連れて行ってもらえると認識してくれれば
ドライブが好きになるはず、ということでまずすぐ近くにある公園へ、毎日
車で行き、着いたら散歩。これを毎日ジョリちゃんが実践してくれたおかげで
風たんは車にも慣れ、ドライブ大好きに。ただし、乗ると吐くの現象は今でも
続いている。本人は吐いてもケロっとしているのであまり心配もしなくなった。
そして吐いたものを受け止める私の技術も向上し、今では車の中を汚すことなく
対処できている。いいぞ。

そして7月18日。ついにキャンプデビュー。最初は寝袋に招き入れ
風たんもおとなしく眠っていたが(マユりん至福)、ジョリちゃんの寝返りを機に、
持ってきて一応設置しておいた風たんのいつものベッドへ自分で行き、寝た。

夜は何度かおきて、お水がほしい、おしっこしたいと教えてくれる。いい子。
こうやって慣れてくれれば、これからもキャンプをみんなで楽しめるようになる。

8月。
風たん初めての夏。あまりにも暑いのでキューリをあげて身体を冷やすように。
皮を全部むいて、スティック状で冷蔵し、ときどきちぎってあげる。
キューリ大好きで、私たちが自分で食べるためにキューリを切っているだけで
「ちょーだーい!」と要求鳴き(鼻鳴き)するようになる。ついついあげてしまうわたし。
そのうち冷蔵庫を開けるだけで「キューリ?!」と飛んでくるように。

連続でキャンプへ。毎回同じところへ行くので風たんもかなり慣れた。
キャンプ場ではノーリードで走り回り、慣れてくると勝手に川に行き、
呼ぶと戻ってくるように。風たんの「つかず離れずでいたい」という性格を知る。

この月、はじめて長時間一人でお留守番にチャレンジ。
4時間程度一人ぼっちでおうちに。帰宅後チェックすると、身体冷却用の
クールマットをカミカミし、中のジェルがぶわっと出ていた。かなり食べた様子。

もう〜と思いながらもお留守番できたことを褒め、じゅうぶんに甘えさせると
甘え鳴きもやっと落ち着く。かわいいやつめ。

9月。
マユりん、ハンブルグへ。

10月。
これ以上大きくならないでという願いむなしく風たんの体重が10キロを越える。
抱っこはもうできない。緊急時にマユりんが抱いて走って逃げる行為はきっと
もう叶わない。リードを引いて走らせるしかないと固く決意する。

11月。
ジョリちゃんが転職に成功。風たんがひとりでお留守番することが多くなった。
週に3〜4日、12時間ほどひとりぼっち。マユりんは後ろ髪を引かれる思いで
毎日出勤し、ジョリちゃんに設置してもらったカメラで毎日見守る日々。
会社にいる間は映像が見れるのでいいけれど、電車に乗っている間などは
本気で「死んじゃってたらどうしよう」と不安になる。

でも毎回たくましく何かしらを壊し、何かをしらを噛み、
暴れまわった様子を見るとほっとする。
そして元気に「どこいってたのよぅ〜〜、キャンキャン」と出迎えてくれる、
破壊王風たん。体重は12キロに。


12月。
毎月行っている獣医さんのところで、これで体重増加はおさまったでしょう
と言われる。12,6キロで一旦止まる様子。3キロで迎えて12キロにまで。
あっという間に大きくなって、子供の頃の写真を見るとまるで別犬。
ぺっちゃんこだった小熊のような顔から、現在のシャープなとんがり犬顔に
なるまで本当に早かった。一人ではのぼれないソファーも今や独占。

本当にいたずらっ子で、怒られることもしばしば。私はあまり怒らないので
格下もしくは、友達に思われていると思うが、ジョリちゃんは叱るときはものすごく
怖く叱るので、ジョリちゃんをボスと思っている様子。大好きだけど怖い存在に
思っているようで、ジョリちゃんが普通に近づいているだけでも、耳が肩にくっつく
ぐらいにビビっていることがしばしば。でも遊びも人一倍しつこくいつまでも
遊んでくれるのでやっぱりジョリちゃんが大好き。

ジョリちゃんが留守にしていたり、トイレに行っているとき、風たんに
「ジョリちゃんどこ?」と聞くと、ぱっとドアのほうを見る風たん。
「いないね〜」というと「うん・・」という感じでうなだれたり、
深くため息をついたりするので面白い。

顔やシッポや耳や態度で風たんの言いたいことや、気持ち、要求がわかる。
風たんも私たちが言っていること、だいぶわかっているということがわかる。
ちゃんと応えるし、いやなことは非常に迷惑そうな顔をしたり、お手で答えたり、
犬とこんなにコミュニケーションがとれるとは飼う前は知らなかった。

マユりんはもはやもう風たんのいない生活は考えられず。
まだいなかったときの様々な場面にも風たんがいたと錯覚しまうほど。

そして今夜は初めての年越し。来年2月には風たんも1歳。
人間で言うと今は中学生くらいなので、やんちゃ盛り。
最近では海でリードを離し、走らせています。どこかへ行ってしまう事もなく、
「つかず離れず」の性格が健在。流木の小さな枝を投げるとどこまででも
走って取りに行き、元気に楽しそうに走り回る姿を見て私が喜んでいます。

家ではおもちゃを投げてあげて「ちょうだい」というと咥えて持ってきたり、
ぎゃくに風たんから「これ投げて!」と持ってくることも。永遠と要求されるので、
ある程度遊んでから「お・わ・り」というとちゃんとあきらめて一人で遊んでます。

困っていることは特になく。あ、一個あった。
風たんは子供の頃からウ○チが大好き。よく食べてます。
でもこれは決して異常なことではなく、排泄したものの中にまだ栄養素があり、
子犬は身体が必要として食べてしまうことがよくあるそうです。

でもだからといって「よしよし」としてはいけない行為で、自分のウ○チを食べる
ことを許されてしまうと、散歩中に他の犬のウ○チも食べてしまうことになり、
そこから病気をもらってしまったりすることがあるので、やめさせたい行為の
ひとつ。風たんは食べると叱られるので、ウ○チをしたあとはいとおしそうに
トイレの外から自分のウ○チを見つめ、ガマンしています。

でも最初は自分の小屋にもって行って隠れて食べたりしていました。
何度も叱って、とりあげました。
基本的にウ○チをしている最中にわたしたちが気がつくので、し終わったらすぐに
すかさず「おりこう〜〜!」といってご褒美をあげることが一番です。
そしてすばやくトイレからウ○チを片付けてしまうこと。これ鉄則です。

保護犬をひきとるということで、世の中から一匹でも不幸な(虐待されたり
捨てられたり、その犬たちの行く末は殺処分)、犬を減らすことに貢献させて
もらった以上、私は風たんを幸せに、淋しい思いをさせずに、
ずっと一緒に生きていく必要があるのです。

あまりにもかわいいのでついつい多頭飼いをしたくなってしまったりするけれど、
私はそれはもうずっと叶わなくてもいい。そういう行為が不幸な犬を発生させる
ことにつながるケースもあるようです。

親ばかといわれようが、過保護といわれようが、私はこのやりかたを、
接し方をたぶん、続けてしまうのだろうと思われます。

ダイジなダイジな風たん。ずっと一緒だよ。


さて、マユりんのお仕事の方は、このご時世にありがたいことに
アップダウンなく順調。
小さな愚痴はたくさんあるけどお仕事の場を与えてもらっていて、
奪われることなく続けさせてもらっていることがなによりものこと。

今年、目の前でリストラされていく人たちを何人も見て、明日はわが身とずっと
ずっと毎日、不安でたまらなかったけれど、毎回更新してもらえる度に、
時給アップの交渉までしてもらえて(今年は叶わなかったけれど)、
担当の人には本当に感謝させてもらいたい。どうもありがとうございます。

そして、今年もこの「おいしい毎日」を見てくださったみなさん。
今年も一年ありがとうございました。
会えなかった人もいつもコメントでおしゃべりができて楽しかったです。

自宅でのPC時間が大幅に減ったこともあり、更新はかなり頻度が下がって
いますが、来年も(たぶん)コツコツと続けていくと思います。

来年もどうぞよろしくおねがいします!
みなさん、よいお年を!!

P・S 喪中のため、新年のご挨拶は控えさせていただきます。

author: category:湘南ライフ
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=ハンブルグ= まとめ。

ハンブルグ二日目の朝、わたしがいつもしているピアスのキャッチが片一方
行方不明になりました。

日本にいたら別のピアスからキャッチをはずして代替するのですが、
それがないので、滞在中にどこか街中でピアスを買おうと思っていました。

でも滞在中はすっかりそんなこと忘れ、寝るときに「あ、今日も買い忘れた」と
思い出す日々でした。キャッチのないピアスはそれでも毎日私の耳についたまま
はずれることなく、観光したり酔っ払ったり、クラブへ行ったりしていました。

帰国前夜。かずおじちゃん宅のベッドルームで買ったものなどをまとめてパッキング
するためにスーツケースをいったん空っぽにしたとき、すみっこにキラっと光る
キャッチを発見しました。こんなところにあったんだ〜きっと初日の夜、着替えるときに
服と一緒にはずれ、ここに落ちたんだね〜と思いました。

そんな小さなことさえも、今でも忘れることができないハンブルグでの日々。

帰国後は、ハンブルグ滞在中には体感することのなかった時差ぼけにひどく
悩まされ、辛い毎日でした。仕事を終えて帰宅後はゴハンもいらない状態で
早めにベッドに入っても、夜中の1時になるとパチっと目が覚め、朝方の5時まで
眠れない毎日。お休みが来たら何が起こっても寝続けようと心に決めても、
夜中の1時〜朝の5時までギンギンに目が覚めた状態で ベッドにいるのは
結構厳しく。そんなとき私が心の支えにしたのは、やっぱりハンブルグで撮った
膨大な写真の数々でした。

何度見てもなぜだかしんみりと泣けてしまい、困りました。

風たんとジョリちゃんとの生活が一番ダイジなはずなのに、どうしてこんなに
ハンブルグが恋しいんだろう。とちょっと悩んだくらいです。

血のつながり、そして遠く離れた従兄弟たちと、こんなふうに長く、強く、深く
日々を一緒に過ごしたことが、今までにない強烈な縁を感じさせたのだと
思います。本当に行ってよかった。もっと早く行くべきだった、と思うのだから
これからもチャンスがあったらもっと頻繁に行かなくては!と思います。

ハンブルグで思ったことはたくさんありますが、あえてこの日記に書くとすると、
国が違っても、人は同じということです。

日本でもハンブルグでも、女性はやっぱり髪形やその日の服に悩み、
職場のちょっとイジの悪い同僚に悩み、家庭の中での出来事に
悩みながら日々暮らしていました。

男性はちょっと薄くなってしまった頭髪のことや、ぷくっとでてきてしまった
おなかのことなどをとても気にしています。持病を気にしながらビールを少し
控えめにしたり、妻の目を盗んで日本酒をチビチビっとすするドイツ人のおじさんも
いました。

ビール会社でのパーティでは、会場にいるすべての日本人たちが壇上に
呼ばれ、今回日本から来た、そしてドイツに在住している日本人の
すべての人たちの名前が呼ばれ、記念品の贈呈がありました。

記念品を受け取った100人近い日本人みんなが、
ひとりずつ短いスピーチをする必要があり、多くの人が世界の平和を訴えました。

私も英語で、檀下にいる日本人以外の人たちに向けて短くスピーチしました。

「すべてのいとおしい人間たち。
私もこの世界から戦争がなくなることを心から祈ります。
ドイツと日本がもし戦争なんか始めてしまったら、
会うことが物理的に困難になってしまいます。
こうして一緒にビールを飲むことができなくなります。
世界の平和を、地球上にいる一人一人が同じくらい祈れば、
そして、一人一人が身の回りの大切な人たちを大切にすることができれば、
戦争はなくなるはずです。今ある日常を大切にしましょう。
今日はありがとうございました」

すべての人のスピーチをかずおじちゃんがドイツ語に訳し、その後日本語にも訳し、
会場のみんなで平和を祈り、一緒に過ごせることをお祝いするという素晴らしい
夜でした。おばあちゃんが今年亡くなったことをかずおじちゃんが話すと、
会場からはすすり泣きの声が聞こえ、多くのドイツ人の人たちが泣いていました。

その中でひとり、全身ピンクのドレスを着たドイツ人のおばさんが、
もう顔をクシャクシャにして泣きじゃくっているのを見て、
私も涙が止まりませんでした。

パーティーのお開き前に、彼女にお礼を言いに行きました。

「私のおばあちゃんのために泣いてくれてありがとう、私は孫です」
「あなたはマユコね」
「そうです」
「私はあなたのおばあちゃんに会った事があるのよ、日本で」
「そうなの?」
「おばあちゃんは身体は小さかったけれど、愛に満ちた素晴らしい人だったわ」
「そう、小さい身体でとっても大きな人だったの」
「おばあちゃんが亡くなってとても残念に思うわ」
「私もです。だけど、今でもここに(心に)生きているよ」
「私の心にも生きているわ」

こんな会話をしながらも、彼女は泣き続け私を抱きしめてくれるのでした。
派手なおばさんだったけれど、ずごくいい人だった。

ハンブルグ空港でお別れのとき、カネマキコアのメンバーの一人「フーベルト」は
私たち一人一人にお別れの記念品をくれました。何度も何度も会ったことのある
フーベルトですが、今回は泣いていました。フーベルトも高齢になって、
これからなかなか日本に会いに行くのは難しくなるだろうと言っていました。

フーベルトはドイツ人らしくふとっちょな赤ら顔のおじさんで、日本人から
絶大な人気を誇るひとりです。プレゼントを配りながら人目もはばからず、
オイオイと泣くフーベルト。この人もとってもいい人なんです。

到着の夜、ホテルの横のレストランのテーブルに置いたおばあちゃんの写真を見て
泣いていた「ウラ」は、やはりお別れの日の空港で目にいっぱい涙をためて、
おばあちゃんのために祈るわと言ってくれました。私がおばあちゃんはもう
苦しみもないし痛みもないし、今は天国でとっても幸せなんだよとウラに
説明していたら、マユコがそう思えるならそうに決まっているといって、小さな
包みを私にくれました。後であけてみたらそれは写真立てでした。

中に、ウラがおばあちゃんと過去に日本で撮った写真が入っているものでした。
ポケットサイズの小さなその写真立てには、ウラのおばあちゃんに対する
愛情がたっぷり詰まっていました。ウラも小さいけれど大きい人なのです。

帰国後、10月になって風のメンバーの一人から、一枚のDVDが送られてきました。
それはハンブルグでの日々を撮影したいろんな人のカメラの動画を集めて
ナレーションを入れて編集したものでした。

あの懐かしい日々がよみがえってきて、見ながらまた泣いてしまう私でした。
動画編集ソフトの仕事をしているわたしにとってそれは、どんなに大変な
作業かよくわかるだけに、編集もさることながら、DVDを仕上げて
訪独メンバー全員に送付する作業もさぞかし大変だったと思いました。

これは情熱と執念と、勢いがないとできない作業なんです。
彼にとってもやはり、今回の訪独がどれだけ素晴らしいものだったのか、
私にはよくわかりました。みんな特別な感情を抱いているんだな〜と思います。

その後、つい最近になって今度は静止画を集めたスライドショーのDVDも
送られてきました。12月になってもまだ、彼の中で強烈な思い出なんですね。

いい人だった、ほんとうに、みんながみんな。今回の度は、愛情と思いやりと、
強い絆で結ばれたと思います、すべての人にとって。本当によかった。

さて、食べ物面で振り返ると、今回私はこれといってドイツ料理を堪能して
いないことに気がつきました。リューベックのランチだけが唯一ドイツ料理と
いえるかも知れません。

また、毎日「ランチ」をしていないことにも後々気がつきました。びっくり。

朝はさえこおばちゃんの朝ごパンでおなかいっぱいにし、
お昼前後に林さんと待ち合わせ、なんだかんだお昼ご飯を食べない日が
ほとんど毎日でした。時差ぼけは通常とてもおなかがすく現象になるのですが、
なぜか全然平気だった。クラブに行った夜なんか、夜ゴハンも食べてない。

「旅は食」の私にとって珍しいことです。

「買う」については、やっぱり日本てなんでもあるんだな〜と実感させられる
ことが多かったです。例えば、ボールペンひとつとっても、日本にある量、種類
と比べたら、あちらは数種類のものがどのお店に行っても同じラインナップであり、
ノート然り、ペットグッズ然り、洋服もそうでした。

そうなるとお土産に困り、日本では手に入らないインスタントスープの素や、
スパイス、歯磨き粉などがお土産として適当な珍しいものになりがちでした。

物価は日本とほぼ同じ。安いなと思ったのはやっぱりビールでした。
グラスはほぼどこのお店にも「大」と「小」があるので、お昼には小とか、
夜は大などと選べます。あと、基本的に大ビンはないので、小瓶程度の
ビールが売ってますが、ビンのまま飲むことはほぼありません(クラブは例外)。

それから、意外だったのは窓。
冬は氷点下が日常の国なのに、二重窓は私の知る限り皆無でした。
そのかわり、部屋のいたるところに暖房がいきわたり、家の中はトイレまで
暖かくなるし、アパートの廊下でさえもポカポカだそうです。
※これはカナダもそうだった。でも天窓は二重窓だったんです。

そして外に洗濯物を干す習慣がないからなのか、どの家もベランダは
美しくお花などで飾られ、春夏などはとっても気持ちいいだろうな〜と
思う仕様になっていました。これは羨ましい。

しかし奥行きは狭く、集合住宅が非常に多いので密接している印象は
どうしても拭い去れません。まあでも全体的に緑は豊富でした。

それから、もっと羨ましいのは駐車スペースがいたるところにあるということ。
道路の歩道と車道の間には、車を停めていいのです。そして無料。
一軒家以外に住む人は、そこがマイカーの駐車スペースになります。
ただ、早い者勝ちというシステム。子供を迎えに行っている間に停めるスペースを
奪われ、数ブロック先まで行ってやっと停められたというケースは日常的だそうです。
翌日どこに停めたか忘れてしまうこともしばしばとか。

しかしそれが法律で認められているわけだから、いいシステムだと思いました。

それから、最初のほうにも書いたと思うのですが、犬を電車に乗せて
職場に連れて行っていいというのも私にとってはものすごく羨ましい。
毎日風たんを12時間もひとりでお留守番させてる我が家では、淋しくないか、
寒くはないか、暴れてないか、何か壊されたりしてないか、いけないものを
飲み込んでいないかなど、常に心配と不安が付きまとっているわけで、
連れて行っていいなら、それらすべてが解消されるでしょう。

到着の日、空港からホテルまで乗った電車の中にドーベルマンを二匹連れて
乗っている男性を見て、あからさまに「ドイツではいいんですか?」と聞きに行ったら、
逆に「日本ではダメなのか?」ときかれ、悲しく頷くマユりんでした。

ああああああ〜いいなぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!

もちろん各犬たちもしっかりと躾されているので成り立っているもの。
風たんは、ダメですね〜外に出ると言うこと聞かなくなるんだから。

まとめにきりがなくなってきました。また思い出したら書きます。

さて、マユりんのハンブルグレポ、ついに完了です。
今年中に終わってよかった。かなり身内話ばっかりでしたが、
少しでも楽しんでもらえたらなによりです。

長い間お付き合いくださいましてありがとうございました。

次回からは、いつもどおり日常の「おいしい」とこだけお送りしますね♪
それでは、チュース!



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=ハンブルグ= 7日目。

みなさんにもきっと身に覚えがあると思うんですけど、一生のうちに、
何度かありますよね、本当に永遠に来てほしくない朝って。

その、最後の朝がきてしまいました。
前の晩、ほんのちょっと瞬きをしただけなのに。



今日も快晴。さえこおばちゃんのベランダから中庭を撮りました。

顔を洗って歯磨きしながらも、もう泣きそうなマユりん。

今日もおいしい朝ごパンのならぶ優雅なテーブルで、ひとことでも話せば
泣いてしまいそうな感じ。そこにきてかずおじちゃんもまた「また絶対に遊びに
くるんだぞ〜」と何度も言って泣かせようと・・・はしていないだろうけど、もうやめて〜
状態でゴハンを食べました。まことも「帰りたくないな〜」とつぶやいたりして。。。

ひたすら黙ってモグモグと食べました。

KIKIがお迎えにきてくれることになっていたので、それまで最後のパッキング。

そして、



ニャンコたちに「さようなら、またね」



かずおじちゃんちのおばあちゃんにも「さようなら、またね」。

KIKIのお迎えが来て、車に乗り込み、ゾニアと「元気でね」「日本で会おうね」
などと話していると、あっという間に空港に到着。

KIKIが「混んでくる前に早めにチェックインしたほうがいいよ」というので、
「だって、チェックインしたらもう会えないじゃない?」と言ったら「うん・・でも」と。。

なんせ人数の多い今回の旅メンバー。そうだよね、チェックインにも時間がかかるしね。

さえこおばちゃんが、「最後にファミリアだけで写真を撮りましょう」撮りました、

もう泣いてる私。

※一番右側の人は親戚ではありませんが、ハンブルグ在住のとっても重要な一人です。
かずおじちゃんが近くにいなかったので「入って」といって入ってもらいました。
※左側の赤いシャツの人は、「よしおじちゃん」といって、父の弟です。



ついに全員のチェックインが終わり、本当のお別れの時間に。

その時!ノアムがトコトコと足元に来て「まゆこ?」と言いました。ノアムの目が真っ赤。
「ノアム、どうしたの?」と聞いたら、「チュース」といってハグしてくれました。

※チュースは、ドイツ語で「またね!」の意味です。英語の「See you!」ような感じ。

そんなノアムを見て私もゾニアも涙が止まらなくなり、ゾニアも「まゆこ、必ずまた
ハンブルグに来なくちゃダメよ、絶対よ!」と言いながら泣いていました。

私もノアムをぎゅーーっと抱きしめて、またすぐに日本で会おうねといってお別れしました。
ノアムはそのあと大泣きしてしまい、KIKIに抱かれてゲートインする私たちを
低い壁の向こうで見送ってくれました。

壁の向こうに、みっちゃんやKIKIやゾニア、かずおじちゃん、さえこおばちゃん、それから
お見送りに来てくれたカネマキコアの面々がいっせいに並び、
ひとりひとりと抱き合ってお別れのハグをしました。

もう何にも言えないくらい泣いてしまっていた私は、「元気でね!」「また来てね!」
「メールするね!」「写真送るね!」「ジョリちゃんによろしく!」「風たんによろしくね!」
などの言葉にただただ、うん、うんとしか言えず、本当にありがとう、何もかもありがとう、
と最後に小さな声で言えただけでした。

ゲートに入り、みんなの姿が見えなくなり、それから30分ほど涙が止まらず、
風のみなさんや、父や母が慰めてくれました。飛行機に乗ってから早くも写真を現像した
風の方が「これ、まゆちゃんにあげるわ」といって昨日リューベックのレストランで撮った
家族全員の写真を一枚くれました。それを見てまた泣く私。

2時間のフライトを経て、ヘルシンキについた頃ようやく私の涙が止まってくれたのでした。

終わってしまった、私のハンブルグの旅。
ぽっかり、と、心に穴の開いたような状態で成田までの長いフライトに耐え、
翌朝の8時50分、帰国したのでした。

さて、成田からはまたバス。
湘南方面のバスに乗るのは当然私だけなので、チケットを買ってみなさんにも
さようならを言いい、バスに乗り込み席へ座って出発を待っていると、そこへ父が。

「どうしたの?」と聞くと「ハンブルグではあまり一緒にいられなくてごめんね」
と言うのでビックリして、「それを言いにきたの?」と聞くと、「うん」としょんぼり答えました。
そして、「一緒に旅行ができてよかったよ。ありがとうね」と言いました。

76歳の父。声が大きく食欲も酒欲も旺盛で、とってもとっても元気ではあるけれど、
「一緒に、海外を旅行するのはこれが最初で最後だと思う」ということを
旅行前から言ってました。最後になって本当に実感したのかもしれません。

私も、そうかもしれない、とちょっと思っていました。こちらこそ誘ってくれてありがとう。

最後になるかもしれない旅行がハンブルグでよかった。家族全員一緒に、
おばあちゃんをつれてハンブルグに行けてよかった。本当にそう思いました。

私も「ありがとう」と言って、父がバスから降りていきました。
一生の思い出だね。お父さんとハグ、すればよかったかな。

さて、こうして私のハンブルグの旅は終わりました。
ぽっかりあいた心の穴はその後しばらく埋まることがありませんでした。
帰国後、1ヶ月以上、このレポを書き始めることができなかったくらいでした。

帰国後すぐに、KIKIの一家が日本を旅しにやってきました。
ノアムとジブリの森へ行ったり、ゾニアとショッピングしたりしたりできたので、
その頃からだんだんと気持ちが落ち着いてきました。

こんなに、帰国後も興奮していたのはやっぱり血のつながった親戚や、
父や母やまこととの深くて濃いハンブルグでの日々が、よっぽど私にとって
無意識のうちに必要としていたことだったからではないかと、思いました。

私はずっと日本にいて、みっちゃんや衆ちゃんたちが来日する度に出迎えて、
見送ってということを何年かに一度繰り返していたけれど、やっぱりもっと早く
私からも行っておかなくてはならなかった気がしました。でも、このタイミングで
さえも、行けたことに意味があったと思っています。

KIKI、ゾニア、のぶちゃん、みっちゃん、衆ちゃんとの交流は今でもメールで
続いていて、訪独の前よりも深まりました。

来年1月におばあちゃんの一周忌があるので、かずおじちゃんとさえこおばちゃん、
そしてみっちゃんと衆ちゃんが来日します。すぐに会える!

さようならハンブルグ。ありがとう!!おばあちゃんをよろしくね!


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=ハンブルグ= 6日目。

前日の夜遊びで2時間しか睡眠時間がとれず。
疲れとれず。まこと、起きず。

でもこの日もさえこおばちゃんのおいしい朝ごパンはしっかり食べました。
今日もハンブルグは奇跡の快晴!ハンブルグで今まで雨を見たことがない。
すっかり毎日おでかけ日和で幸せいっぱいです。

今日はこれから、中央駅から電車で2時間ほど走ったところにある
「リューベック」という街まで遊びに行きます。

風のみなさんと、風の方々がホームステイしているカネマキコアの
家族の皆さんたち全員で観光です。ランチにお魚が食べれると聞いていたので
すごーーーーーーく楽しみにしていました(というかそれだけが楽しみだった)。

さて、中央駅で集合。日本でも、ちょっと旅行するのに列車に乗るときって
飲み物とかお菓子とか、買いこんで乗るよね。乗るでしょ?

マユりんもコーヒーの大きいカップを買ってくる!といってフードコートへ
行ったのだけど、コーヒーも買ったのだけど、朝ごパンもしっかり食べたんだけど、



これをみて、買わずにいられる人なんかいないよね。このショーケースに並んでいる
パンのなかから一個だけ選ぶというのがまた至難の業。う〜んう〜んと考えること数分。
店員さんは途中「決まったら呼んで!」と言い残し、あっちへ行ってしまうのでした。

そして最終的に決まりました!ピタパンサンド、買いました!
※電車に乗ってすぐに食べました。中身はクリームチーズとサーモンという定番。
生野菜もたーっぷりはいっておいしかったです。

みっちゃんと「電車の中で寝ておかないと」と打ち合わせしていたにもかかわらず、
父が隣に座りに来たのでおしゃべりしていたらリューベックに着いちゃった。
(父とハンブルグでまともに会話したのはこの時が初めてでした)。



この駅もドーム型屋根のホーム。「世界の車窓から」でよく目にするけれど、ヨーロッパでは
これがお決まりなのね。外光が入ってくるように設計されているのでとっても明るいです。



そして駅概観はこ〜んな感じでした。なんだか東京駅にそっくりね。

さて、ここから歩くこと約15分。これから行く目玉スポット2箇所が見えてきました。


バスの向こうに見える、とんがり2本の建物と、その後ろに聳え立つ高いとんがり。
なんとふたつとも15世紀に建てられたものです。

手前2本のとんがりは「ホルステン門」といってリューベックを象徴する建物のひとつ。
この門、写真でも見てわかるとおり、傾いてます。レンガの重さに耐え切れず、
近年徐々に傾き始めたようです。この日も修復工事してました。



ほら、なんとなく内側に傾いているでしょう〜?
でもここをくぐってあっち側へ行くのだよー。

そ・の・ま・え・に!

本当にこの日まで父と母と一緒に外を歩くことがなかった私たち一家。
出発の日の飛行機の中以来、4人がそろいました。
この旅は4人そろって初めての、そしておそらく最後になる海外旅行です。

さすがに、父が「撮っとかなくては」というのでパシャリ。



ざ、マユりん一家です。みんな冴えない顔してます(お疲れなのですよ)。

さて、次は高いとんがりへ。聖マリーエン教会St.-Marien-Kircheです。



ぞろぞろと歩く日本人ジジババご一行はもちろん風のみなさまがた。
あのとんがりに?上までいけるの?まさか階段じゃないよね?などと
おおはしゃぎの大騒ぎで向かいます。



エレベーター(有料)でてっぺんまで。上から見るとこんな感じ。ホルステン門もちっちゃい。
360度見渡せる展望台は、風がきもちよく吹き抜けるところでした。塔大好き。

リューベックも緑と水の都でした。すごく気持ちがいいところ。
小さな小さな街だけど、散歩するには最高です。この塔以外に高い建物はないし、
起伏の小さい坂があったり、丘があったり、市場広場もあるし。

余談ですが、ハンブルグの姉妹都市は大阪で、リューベックの姉妹都市は川崎です。

この後地上に降りた私たちは、市場を探索したりショッピングをしたり。
リューベックはお砂糖とアーモンドを練ってあわせたお菓子「マジパン」の本場で
おばさま方は、こぞってマジパンショップでどっしりとお買い物をされていました。

私はゾニアと川沿いでこまごまとしたことについておしゃべりを。

「KIKIはどんな旦那さん?」
「そうねぇ、やさしいよ」
「ケンカする?」
「もちろんするよー」
「KIKIってちゃんと謝る?」
「謝らない!」
「やっぱりね〜」
「マユコの旦那さんは?」
「謝らない!」
「日本もドイツも同じだねぇ〜」
「同じだねぇ〜」
「おとこってやつはねぇ〜」
「ほんとにねぇ〜」

というようなこと。
まぁ私の英会話能力の限界もあるため、それほどこまごまとは話せないのだけど、
最終的には「今度家出するようなことがあったら次回はドイツへ!」という約束を
取り付けるところまでは話せました。ドイツに家出、いつかしてやる!


KIKIとゾニアは幼馴染。小さな頃から一緒に育ち、結婚してノアムが生まれた。
(でも私は以前KIKIから「彼女です」と写真で紹介された女性がいますが、
ゾニアではありませんでした。色々あるよね、あって当然、色々あってこそ今がある)
そういう人生についても根掘り葉掘り聞いてみたりしました。



ゾニア。とってもいい人でした。右のほうに小さく写っているのはご機嫌斜めなノアム。
この時すごーーーーーーーーく眠たかったのです。おなかもすいたしね〜。

さて!ランチです!

なんせ人数が多かったのでこの日のために予約済みのレストランへ。

ランチはコースでした。3種類から選べたため、いとこ同士で大きな席を陣取り
ぜんぶ頼んでシェアすることに。

まずはズッペ(スープ)。



かぼちゃスープ。メレンゲ添え。



ブロッコリーのスープ。クラッシュしたアーモンドが隠し味。これがすごくおいしかった!
今でも覚えてる味です。忘れられないおいしさ。



メインのビーフ。上に乗っているのはレバー。付け合せのカリフラワーにかけてある
ソースは、ドイツ名物「春の白いアスパラ」にかけるソースと同じなんだって。
ポテトはマッシュポテトを揚げたもの。ソースがおいしすぎました。



これはポークソテー。ちょっと硬かったけれど、アスパラ用ソースがかかっていて
おいしい。上のほうにあるのはハッシュドポテト。カリカリでした。




そしてわたしが楽しみにしていたお魚。白身の淡白なお魚でした。
ここにもおいしいアスパラ用のソースが。このソースで白いアスパラを食べてみたい。
是非、春に家出しなくては。




そしてデザート。バニラアイスにすっぱいヨーグルトが添えてあり、ベリーのジャムが
かかっています。メイン料理終了後にいろんなテーブルで写真を撮っていたので
アイスはすっかりとけ気味だけどおいしかった。

すべてぺろり完食。飲み物はもちろん、ビールとアルスターバッサー。
紙ナプキンもマリメッコだし、目にもおなかにも大満足なランチでした。

ドイツに来て初めて、レストランで食べた〜〜〜!という感じのゴハンでした。

幸せいっぱい、おなかいっぱいで帰りの電車では爆睡。2時間たっぷりねて
ハンブルグへ戻ってきました。ふと、地面を見るとぬれている。
お迎えに来たさえこおばちゃんに聞くと、「今の今まで雨が降っていたの!」というでは
ありませんか。んまー、私たちがちょっとハンブルグを離れたすきに雨を降らすなんて、
神様も粋なことしちゃって。それとも、これは、はまさんパワーかも??

※雨の多いハンブルグと聞いていたので、毎日折り畳み傘を持ち歩いていたけれど、
一回も開くことなくハンブルグの旅を終えることになります。すばらしすぎる。

ハンブルグに戻り、風のみなさんとは解散。

父と母が買い物をしたいというので、アルトナのメルカドへ。
彼らはこのときまで本当に自由時間がなく、自分たちのものもお土産も
一切買っていなかったとのこと。そしてユーロもたくさんあまっているんだよ〜といって
目に付くものを買いあさる両親についてまわり、通訳や「○○ユーロって何円?」
と聞かれるたびにサクっと計算して教えてあげるなどのツアコンのような役目を
果たしました。さえこおばちゃんが「ジョリちゃんに何か買ってあげる」というので、
大きな大きなカレンダーを買ってもらいました。来年用の。

それから、ドイツといったらやっぱりグミ。グミをたくさん買わなくてはというので
メルカドのすぐ近くにある巨大スーパーへ。衆ちゃんもみっちゃんも、これから
行くスーパーはなんでもあるんだから!と大興奮していたくらい、
本当になんでもかんでもあるスーパーでした。食料品はもちろんのこと、
衣料品もあればタイヤまで売ってました。

私も、それまでにさんざん色んなものを買っていたけど、目が覚めたように
あれこれ買ってしまった。だって、お塩とコショウの電動ミルが5ユーロだったり
するんだもん。買ってしまうよ、みっちゃんも買ってたよ、、他にも調味料や
缶詰のレバーペーストや、インスタント食品(パスタスープとか)など色々。

あー買った。もう思い残すことはない。と、父が言ってました。よかったよかった。

さて、夜ゴハン。
さえこおばちゃんが最近できた新しいレストランへ招待したいと言ってくれたので
みんなでぞろぞろと行ってみましたが、すごい行列で断念。

結局、コンサートの夜に行ったおいしい中華屋さんへ。
かずおじちゃんとさえこおばちゃん、衆ちゃんみっちゃん、我が家の4人で
おいしいご飯をたっぷりたべました。ゆっくりとおしゃべりもいっぱいできました。

ハンブルグ最後の夜。明日の朝はもう空港へ行かなくてはなりません。

淋しい気持ちと、買い物しすぎてスーツケースが閉まらないというお決まりの
大騒ぎで終わっていきました。いつまでもおしゃべりしていたかったけれど、
お布団の中でちょっと瞬きをしたら、次の瞬間にはもう朝。
人生で何度か経験したことのある、永遠にきてほしくない朝が。。。。

そして、空港では号泣のお別れタイムが待っていました。
まだ続く。

今年中にはレポを終わらせたいと思っています!


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=ハンブルグ= 5日目。

今朝もすっきり晴れてます!

みっちゃんの快適すぎるアパートとは今日でお別れ。
今夜からは、父も母もまことも一緒にかずおじちゃんの家に泊まります。

荷物を簡単にまとめて、みっちゃんへのお礼の置手紙を書いて
お部屋やバスルームなどを簡単に掃除しておきました。私が額に入れて
持ってきたおばあちゃんの写真はこのままみっちゃんのおうちの、
気持ちのいい窓際へ飾ったまま置いていきます。

ドイツ生活を楽しんでね♪

さて今日のスケジュール。
メインイベントは夜。「ホルシュテイン」というビール会社の
パーティー会場で風のみなさんとカネマキコアの交流会があります。
ビール飲み放題、軽食も出るとのことでものすごく楽しみ。

そのための準備が色々目白押し。

まず、昨日でコンサート本番を終えた風の方々が全員今朝で
ホテルをチェックアウトし、カネマキコアの方々へのおうちへ
ホームステイしにいきます。
過去にも同じように訪独コンサートの度に、本番が終わると
みんなホームステーしていたそうです。そうやって交流を深め、
言葉が通じなくともぜんぜん平気に楽しく過ごせるとの事。

すごいねー。

なので、みっちゃんとかずおじちゃん、衆ちゃんたちと一緒にホテルへ
行ってチェックアウトのお手伝いと、全員の荷物を1台のバンに乗せて、
今夜のパーティー会場まで運び、パーティー会場からはそれぞれの
ホームステイ先へ各自運ぶということになっていました。

わたしとまことは、お迎えにきてくれたかずおじちゃんの車に荷物を積んで、
バンをレンタルする係りみっちゃん&衆ちゃんとホテルで合流します。

ではいざホテルへ。と、その途中、ホテル滞在の風の代表の方からお電話。

「ひとり具合の悪い人が発生」とのことでした。どうしたのかと訪ねると、
なんと、ハチにさされたとのこと。それはたいへん!!

マユりんはガイドブックにてあらかじめ情報はつかんでいたけれど、
この時期のハンブルグで注意しなくてはいけないことのいくつかに、
「白樺の花粉」と「ハチ」がありました。

白樺の花粉は、日本でいう杉やひのきの花粉症の症状とそっくりな状態に
なるというもので、スギ花粉症患者6年生のマユりんも、
ハンブルグ入りした夜からとても軽い状態でしたが花粉症っぽい症状が
出ていました。くしゃみが出る程度でしたけれど。

そして、ハチ。この時期は特に注意!と書いてありました。

前にも書きましたが、私たちが滞在している間のハンブルグは、
ドイツ人もびっくりの、晴れ続き。日中は気温も高い日が連続していたため、
いつもより多くハチが発生していたようです。
あー、それにさされちゃったんだね〜、アレルギーがある人は大変って
聞くけれど、大丈夫だろうか。。と思いながら、ホテルへ急行。

既にロビーには大勢の風のメンバーの方々がスーツケースを持って
待機中。その中の小さなソファーへ一人の方が寝ていました。

急いで駆け寄って、症状を聞くと、なんとハチにさされたのは
ハンブルグではないとのこと。日本で2度ハチにさされていて、
たぶん時差ぼけや疲れなどがたまっている抵抗力のない今、
そのときの症状がもう一度でてしまったのではないかとのことでした。
(詳しくはよくわからない、でもすごーく辛そうだった)

そして下半身が異様に腫れてしまっていて、心臓もドクドク、
顔色も真っ青で、けっこうな緊急事態でした。

かずおじちゃんは迷うことなく救急車を呼び、すぐに現れた救命医の
ひとたち(イケメンドイツ人2名、ほんとうにものすごくかっこよかった)
と、患者さんと、風の方の中にいた看護婦さんと一緒に救急車へ
乗っていってしまいました。風のその他の人たちの荷物は既に
バンへ積み込まれていたので、みなさんはパーティーまでご自由に
お過ごしください〜といい、私と私の両親ともう一組いる親戚と一緒に
ホテルのロビーで帰りを待つことにしました。

なんせ、救急車組みの方々の荷物があるので。。

私は近くのお店でパンとクッキーとコーヒーを買ってきて、朝ごパン。

それから父が両替したいというので、散歩がてらテクテクと両替場まで。
近くに大きなショッピングセンターがあるので、時間つぶしに少しブラブラ
して、2人でそれぞれが今までに食べたおいしかったものなどの情報交換を
したり、KIKIに連れて行ってもらった色々なところ、林さんと3人でバスに乗った
武勇伝などを聞かせたり(また)して時間を過ごしました。

ホテルロビーへ戻り、ウトウトしている母や親戚を眺めていたら
またおなかがすいたので、到着の夜にも行ったホテル隣のレストラン、
「アインシュタイン」でランチをすることに。

パスタやピザ、ポテト料理などを食べていたらかずおじちゃんたちも
帰ってきました。ハチに刺された人も「点滴をしてもらっている間に
たっぷり寝れた」といってすっかり元気になっていました。

よかったね!

さて、私たちもこれでやっと行動に出れます。
ひとまず、自分たちの荷物をかずおじちゃん宅へ置きに行って、
夜のパーティーのための買出しへ繰り出しました。

日本食屋さんへいって、たくさんの日本酒を買ったり、
またまた花束をいっぱい買ったり(例のメルカドのお花屋さんです、
今回もマユりんの試食つまみ食いが大炸裂)、とにかくいろんなものを買い込み
ました。

私とまことと林さんは、2日目に有給を取って観光案内してくれた
KIKIへ、何かお礼をしたいね〜とずっと話していました。
みっちゃんたちと合流したので、また別のお花屋さんへ
連れて行ってもらいました。KIKIのあの豪邸マンションで形に残る
記念の一品を買いたかったのです。ちょうどいい鉢があったので購入。
クリスマスシーズンにむけて、ポインセチアを選びました。

さて、みんなでパーティー会場へ。
風のメンバーの中には私がまだ赤ちゃんの頃からの
長い付き合いのおば様方がたくさんいるので、浴衣に着替えるのを
手伝ってもらいました。髪の毛も「マユちゃん、あーしなさいこーしなさい」と
アドバイスをくれて、もうとにかくすべてお任せでした。かわいい髪飾り?
まで貸してくれて、いたれりつくせり。お母さんがいっぱいいるみたい(笑)。

夕方5時半、パーティー開始。
今回も撮影係を任命されたので、いっぱい写真を撮りました。
まことはムービーでの撮影ががり。もちろん飲み放題のビールを
のみながら!ワインも日本酒もとにかくたくさんあり、あっちこっちの
ドイツ人の人たちが「ほら飲め!」「これも飲め」と持ってきてくれるので
「ダンケシューン!」といいながら言われるままに飲む私たち。たのしすぎる。

風の人たちがカネマキコアの方々に贈る歌や、盆踊り、
などを見ながら(撮影しながら)、楽しく交流会が進んでいきます。

さて、それではそろそろKIKI一家へのお礼贈呈式でもしますか。

KIKIとゾニア、そしてノアム、それからのぶちゃんとのぶちゃんママ、
遊びに来ていたゾニアの妹全員を別室に呼び出し、林さんとまことと
3人で「贈呈式です」といって、お礼を述べ、ノアムに鉢を渡しました。




そして記念撮影。


※ほんのちょっと加工してあります。
※ゾニアの妹、なんと15歳・・・嗚呼若い。かわいい。。お肌ツルツル(ノアムも)。
※私と抱き合っているのはのぶちゃんママ。その豪快さにマユりんすっかり大ファンに!

そしてパーティーが終わり、ホームステーへ向かう人々をすっかり全員送り出し、
後片付けもおわり、気がついたら何も食べずにがんばった私たち従兄弟全員で
打ち上げをしにいくことに。みんなかなり酔っていたけどおなかがぺっこぺこ。

何か食べに行こう〜、と夜の街へ繰り出しました。
で・も?な・ぜ・か?
開いているお店に入ると、「あと30分で終わり」とか「今日はもう閉めるんだよ」
と断られます。なんでだろう〜、と言いながらお店を探すこと7件。全滅。

最後のお店の人が教えてくれたんですけど、その日は9.11がらみで街で大きな
デモがあったそうです。過激派反なんとか組のデモだったそうで、
安全確保のために、9時までの営業で閉めてしまうお店が続出していたようです。

え〜でもなんか食べたい。おなかすいたービールも飲みなおしたいよね!
といいつつトボトボと歩いていたら、けっこう寒くなってしまいました。
もうどこでもいいから入ろうよ〜と見つけたお店。そこは・・・ライブハウス。
というか、こ、これは、クラブ!?

DJブースがあり、小さなステージがあり、入るときお金を払って手にスタンプを
おされるあの、あの、クラブだ。。マユりんなんかが入っていいのかな
(15歳もいるし・・・)。と不安に思っていながらもお店に入って、気がついたら
KIKIが買ってきてくれたビールをぐびぐびと飲んでいました。

飲んでいるビンビールの中身がなくなる前に次々と新しいビールを
誰かしらが買ってきてくれるので、いったい何本飲んだか不明。
私も何度か全員分のビールを買ったりしているうちに、
そうとう酔ってきたよ。(結局食べ物なんにもなし)。

そして、1時になるとラッパーのライブが始まるとのことで、続々と人が入ってきました。
酸素がうすーーーーーーくなってきて、全員がものすごくハイな状態に(笑)。

お店の中が暑かったし、とにかくみんながひどく酔っ払っているので
「いったん外に出よう」と冷静大人なKIKIが提案するも、
その他のやんちゃ従兄弟軍団は言うことなんかきくわけありません。
おおはしゃぎしながら、「とびっきり変な顔で写真撮ろうよ!」とか、いいながら
今見るとすごく恥ずかしい顔の写真をいっぱい撮影していました。

15歳も負けずに変顔で、いーーっぱい写真に写っていました。

ついにKIKIが「はい!全員いったん外へ!」と引率者のようにみんなを外に
連れ出し、私もつまみ出されるように外へ。KIKIとしてはいったん落ち着かせようと
思ったのでしょうが、今度はみっちゃんや衆ちゃんがクラブへわらわらと集まってくる
他人の若者たちと、まるで友達のように楽しそうに会話する中へ私とまことも
なぜか参加していたため、外の盛り上がりもすごいことに。

変顔写真も、更に盛り上がりを見せていました。



一番左が冷静なKIKI(もっと変な顔しなさいよ)。
次は衆ちゃん、わたし、みっちゃん、そして本日の変顔大賞のまこと。

この後、ラッパーのライブが始まりもう一度店内へ戻り、
マユりん普段はまったく興味のないラップの世界へすんなりと溶け込み、
イエーイ、ヨーヨー!と言いながらみんなで踊り狂ったのでした。

汗だく。

ライブが終わり、お店も終わるというので最後に全員で記念撮影。



気がつけば深夜3時。外に出たらものすごく寒くなっていて、
大都会ハンブルグの空にも星がたくさん輝いていました。

KIKIとのぶちゃんはタクシーで帰っていき、私たちはこのクラブに偶然来ていた
衆ちゃんの友達に車で送ってもらえました。

みっちゃんはこの後朝の6時まで、衆ちゃんの友達とみっちゃんアパートで
宴会したそうです。

あーーーーー本当に楽しかった。おなかはぺこぺこのままだったけど、
この夜が一番楽しかった。一生忘れられない。


かずおじちゃんの家に、忍足で帰っていったわたしとまことは、
寒いベランダに出て夜空を見上げながら、
何回も「楽しかったね」「帰りたくないね」と言い合ったのでした。

でももう寝なくちゃ。明日の予定もびっしり詰まってます。
2時間しか睡眠できない。でもとても満たされた夜でした。


明日は実質ハンブルグ滞在最終日(もう!?)。
ハンブルグから電車で2時間の「リューベック」という街へ観光に行きます。
風の全員と、ホームステー先ドイツ人たちと全員で。

そして、最大のお楽しみは、全員で食べるランチ。
ハンブルグに来てから、これといってドイツ料理を食べていないマユりん。
ランチではドイツ料理を堪能します。スープが絶品でした!

これまたのんびり更新になりますが、お楽しみに〜★

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=ハンブルグ= 4日目。

今朝も、ちょっと早起きして、生まれたての朝日の中をお散歩。
この日の気温は昨日よりも寒かったけれど、昼間は暖かくなる気がする日差しでした。

ハンブルグに来てからまだ一回も雨が降ってない。今日は滞在4日目。
ハンブルグは晴れの日が3日と続かないことで有名な土地なのだけど、
ソレが本当だとしたらこれってすごい。神様ありがと!おばあちゃんありがと!!

今日もこの後すぐにさえこおばちゃんのモーニングを食べに、
かずおじちゃん宅へ行く予定。

前夜、みっちゃんが「明日も9時にお迎えに行くね」と言ってくれていました。
みっちゃんのアパートからかずおじちゃんのおうちまでは、車で7分くらい。
いつもその間にパンを買ったり、買い食いしたりしているので直接行ったことは
ないけれど、たぶんもう自力で直接いける。それにもうちょっとこの辺を
歩いてみたい。で、地図を開く。

まことと2人で「ここをまっすぐいって、この交差点を左に曲がって〜」と相談し、
ある程度道を把握できたので早速、みっちゃんに電話。
「おはよう〜今日はさ、自分たちだけで行けるからお迎えは大丈夫よ」というと
「え〜〜〜〜!絶対に迷うよ!」というのですが「いいの、迷っても。必ず着くから」
と強行手段に出ることにしました。みっちゃんの心配声を無視して(笑)、歩き出しました。

住宅地も緑がいっぱいで気持ちいい〜。それにステキな建物がいっぱい。



↑これはアパートじゃなさそう。掲示板があるし。なんだろう。



↑これはアパートだね〜。一個一個のアパートが違うデザインでくっついてるんだね。
これなら真冬もあったかそう〜。

などとまことと街見学しながらトコトコと。写真ではわかりにくいですが、これでも晴れていて、
少し歩くだけで暑くなる日差し。トコトコ散歩は続きます。

そしてまったく迷うことなくかずおじちゃん宅へ到着。チャイムを押すとみんなで
驚いている様子があっちから聞こえました。「よくこれたね〜」って(笑)。

その後はみっちゃんがコンサートで着る衣装の足りないものを買いに
みっちゃんと衆ちゃんと4人で「ザンクトパウリ」という地区へ。
そこは2日目にブルストを食べた近くでした。みっちゃんたちが買い物を
している間にわたしとまこともいろんなお店を物色。

それからお花屋さんへ。コンサート会場でのおばあちゃんの席に置く
お花を買いました。その発想にマユりん感激。朝っぱらから胸がいっぱいに
なってしまい、ウルウルしながらお花をいーーーっぱい選びました。
持つのが大変なくらいのおおきな花束にしてもらえました。
その他指揮者2名やバンマス、ピアニスト、オーケストラのソリストなどに
渡す花束もたくさん。4人でも持つのが大変。

車に乗ってかずおじちゃんの家に帰り、そして今日もおいしい朝ごパンを
いっぱい食べて、さて出発。

今日は夕方から、風とカネマキコアのコンサートのゲネプロとコンサート本番が
続いています。お手伝い係りなので集合時間に行かなくてはなりません。

それまでの時間は、林さんと3人でまたまた観光できます。

前日に見学に行った中央駅で林さんと待ち合わせ。
コンサート会場が市庁舎からすぐなので、その界隈を観光しながらショッピング
しながら歩こうか〜ということになりました。

H&Mが本当にあっちこっちにある。日本でいうとセブンイレブンみたいに
街のあっちこっちにあります。そしてどこもすいてる。

市庁舎のまわりはショッピングエリアです。ブランドショップもたくさんあり
楽しいエリア。そしてそこにはあのポッチャリンの銅像も。

ポッチャリン。なんでこんなちびっちゃいチャップリン風の銅像が道の真ん中に
あるんだろうね〜と林さんと話していたら。。。



同じくポッチャリンを「なにこれ」という目で見ていたおばさんがいて、
そして、ポッチャリンの足元にある壺にコインを入れました。

すると・・・

え?



ポッチャリンが動いた!

生きてた!

キャー、銅像だとばっかり思っていたけど
(だって本当に動かなかったし瞬きだってしてなかったんだもん)、人間だった!!!




この後この妊婦さんの手にキスするポッチャリン。
ほ〜、こんな商売、アジアだけかと思ってた。。ぽっちゃりん恐るべし。

この後私もコインを入れて、手にキスしてもらいました。うれしかった。あは。

さて。集合時間になったのでコンサート会場へ。
コンサート会場は『ライツハレ』といいます。旧「ムジークハレ(ミュージックホール)」。
ハンブルグの伝統的なコンサートホールです。最近名前が変わったらしい。

『ライツハレ』の「ハレ」はホール。でも『ライツ』ってなに?なになになに?
後で辞書をひいてみよう。



ライツハレに到着。私たちはお客さんではないので裏口から入ります。



おしゃれな裏口ドア。この重厚なドアが開いてドアマンが中へ誘導してくれました。

既にそのほかの方々もみんな到着していて、あっちこっちでまずは挨拶。
ドイツ人の人たちはみんな「グーテンターグ」といってハグとキスをしてくれる。
これがなんだかとっても癒されるんですよね〜、あちらにとっては日常の挨拶でも
日本人にとっては誰かに無条件で抱きしめられることなんか子供のときしか
ないですもんね。この習慣、日本にも根付くといいな。ハグ。

さて、ゲネプロが始まりました。
コンサート本番はビデオはいいけどカメラ撮影は禁止。
そのため、私とまことと衆ちゃんはゲネプロ中の撮影係に任命されました。

風のメンバーの方からいろんなカメラを預けられたので撮影けっこう忙しい!



私が持っていた(渡された)カメラの中から、
Nikonのカメラを「あ、オレこれにする!」といって奪っていった衆ちゃん。

さて、ゲネプロが始まりました。まずは風のリハーサル。
私は日本でもハンブルグに来てからもまったく練習に参加したことがなかったけれど、
アマチュアとはいえどもものすごい迫力。圧倒されっぱなしでした。
おばちゃんおじちゃんたちのパワーあふれる歌声を聴いていたらなぜか涙がポロリ。

なんていうか、歌って人の生きる力になるんだな〜と思って。。感動。

そして楽しみにしていた風とカネマキコアの合同リハーサル。

みなさんは「森は生きている」というロシアの児童文学をご存知ですか?
マユりんはこのお話を5歳の頃から愛聴していたんです。

というのも、うちのおばあちゃんは毎月一回私たちに会うために家に遊びに来て
くれていたんですけど、その度にお話しの入ったレコードをお土産に持ってきてくれて
いて、私たち兄弟は寝るときにお布団に入ってから「今日はこれがいい」といって
レコードを選び、レコードをかけてもらうという夜を毎晩過ごしていました。
そのレコードの中のひとつが「森は生きている」で、夜の読み聞かせがわりとして
かけてもらうレコードの中ではダントツ再生率ナンバーワンでした。

その「森は生きている」の劇中歌に「燃えろ燃えろ」という歌があります。
この歌は私たち家族の中では「テーマソング」として根付いています。

私の中ではこの歌が父が指揮をするためにある曲のひとつなのです。

そして今はこの「燃えろ燃えろ」が風とカネマキコアの交流歌として合唱される
一曲としてレパートリーに加えられています。カネマキコア(ドイツ人たちの合唱団)
も日本語で歌える歌なんです。

ゲネプロでもその歌が歌われました。この歌を聴くとマユりんはたまらない気持ちになって
いつも泣いてしまうのです。ゲネプロで号泣するマユりん(もちろん撮影もしながら)。

衆ちゃんもそんな私を見て「泣かないで〜」と苦笑してました。
朝から泣きっぱなしのマユりんなんですけど、私の泣き方ってちょっと変わってる
らしい。衆ちゃんが一生懸命説明してくれたかわいい日本語を訳すと、
普通人が泣くときって泣いてしまってそのほかの事は手につかなくなるけれど、
マユちゃんはほかの事を普通にしながら、ポロポロ泣いて、でもしっかりしゃべって
いろいろなことをしながら泣いていてビックリする、ということでした。
なるほど、言われてみれば自覚ある。そうなの、だからほおっておいて大丈夫よ
と私も説明しました。リハーサルの終わった父たちも私が泣いていることに
ビックリ。感動したんだよと説明すると、「泣き虫だなぁ〜」とあきれていました。

でもひとり母だけは「ついでに日ごろの辛いことのぶんも泣いておきなさい」と。
さすがです。

さて。控え室ではみっちゃんが司会の練習。時間を計ってほしいというので
時計を見ながらみっちゃんの流暢なドイツ語の練習に付き合いました。
赤ちゃんの頃は、ほんとうにただただかわいくてやんちゃなみっちゃんが
こんなに大きくなって、とまるで母のような気持ち。おばちゃんもう感無量です。

さて。みんなが正装に着替えだしたのでマユりんたちも正装に着替えました。
徐々に盛り上がっていくコンサート本番までのこの時間。
さえこおばちゃんが作ってきてくれたおにぎりを食べたり、おばあちゃんの
思い出話をしたり、おばあちゃんのためにとっておいてくれた席にお花を
かざったり、おじいちゃんとおばあちゃんの写真を飾ったり、準備万端。

お客さんも徐々に入り始め、最終的にはなんと満席に。
チケット完売状態でコンサートが始まりました。

歌のほかにもかずおじちゃんの60才お誕生日のお祝いや、
大阪とハンブルグが姉妹都市として協定を結んでからもちょうど60年で
そのお祝いや、ハンブルグ市長さんまでがかけつけるという盛大なものでした。

そしてこの日はおりしも9.11。おじちゃんがドイツ語で「こうやってみなさんに
お祝いしてもらっている私がいる一方で、世界では未だ戦争が続き、
この日の悲しみにくれる人たちがいることを忘れてはいけない」ということを
スピーチし、そしておじちゃんの指揮者人生集大成である「第九」を全員で歌って、
会場はスタンディングオベーションの嵐。ほんとうに感動的なコンサートでした。

私も林さんも涙涙で大拍手。林さんだって今回のコンサートで歌いたかった
はずで、でもどうしても歌うことができない事情があり、舞台に立てなかった
ことへの淋しさと、だけどみんなが大舞台で歌っている達成感を感じ、
涙が出てしまったそうです。私はコンサートの間中、胸におばあちゃんの写真を
持っていて、舞台で抱き合う父とかずおじちゃんの姿を見せてあげました。

おばあちゃんも大満足。見せてあげられてほんとうによかった。
風のみなさん、カネマキコアのみなさん、そして父、かずおじちゃん、
ありがとう。来てよかった!

その後は打ち上げ。風のメンバーとコンサートに参加したオーケストラの中の
日本人の方々、ソリストの方々、カネマキコアのメンバーほぼ全員で中華へ。
打ち上げも盛り上がりました。おいしいおいしい中華を食べながら、一人ずつ
感想をスピーチしなければならず、私も緊張しながら感想とお礼を述べました。

まことも「ものすごく感動しました、ありがとうございました」と言ってました(素直)。

そしてこの日も深夜まで、楽しんでしまった私たち。外は木枯らしの寒さでしたが、
心はずっと暖かいまま。みえないところまでいろんな人の協力で成功した
コンサート。おじちゃんも父もとっても幸せそうでよかった。

こんなに愛にあふれた夜はありませんでした。私も取っても幸せ。

さてさて!
明日は、ハンブルグにあるビール工場のコンサートホールにて(そんなのがある
会社ってすごい)、風とカネマキコアの合唱交流パーティーです。

風のみなさんの指令で、マユりん浴衣を着て参加です。
お手伝いしながら、いっぱいビールを飲むぞ!!!
と意気込んで26時就寝。疲れを感じないのは時差ぼけのせい?

そして午前中はびっくりのハプニングあり。忙しい一日になりますよ〜。



↑朝行ったお花屋さんにぎっしりつまったお花たち。ここにあるお花を3分の1くらい
買い占めました。ワオー。

author: category:ハンブルグ
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